発生から半年を迎えた熊本地震。ジャーナリストの堀潤氏は発生以来20回以上、取材を続けている。半年が経った今、何が変わって何が変わらないのか。熊本の現状が17日放送のAbemaTV『AbemaPrime』で放送された。

まず、益城町。ブルーシートで覆われた住宅が目立つ。ここで通りがかかりの女性に声をかけた。自宅が全壊し、仮設住宅で暮らしているという、澤村冴(さゆる)さん81歳。本震の前に避難して、難を逃れた。

澤村さんは、4畳半2部屋と台所という間取りの仮設住宅で、息子の家族と同居。日中には近くで働く孫が顔を出すという。澤村さんを含め、仮設団地で暮らすのは63世帯。

「自分で家を再建できる人はよかけど…(もともとの)土地が危険地域と判断されたら、(そもそも)建てられんとですね…」

熊本県内で解体が必要な家屋は、2万8000棟にものぼるとされている。しかし、先月末現在で解体が進んだのはわずか14.6%だ。

堀氏が定点取材を続けている益城町の中心部では、地震発生から1か月後、そして3か月後も、全壊した集合住宅が残されていたが、今回訪れると、姿を消していた。周辺を歩くと重機の音が響き、ようやく、家屋の解体が始まっているようだった。

しかし、前を向き始めたがゆえの心配も残る。

「年金生活者はローンを組めない。仮住まいのままでいいかとも考えている」(駐車場を仮住まいにした吉村さん)

季節は巡り、実りの秋を迎えた。熊本市東区で、コメや麦を栽培する上田(かみた)浩文さんも堀氏が取材を続ける1人。上田さんは自宅だけでなく、個人所有の田んぼも被害を受けた。水を送るパイプが破損し、今年の稲作はあきらめたという。

しかし、20回以上取材を続けた堀氏は、現地の声にわずかながら変化を感じたようだ。

「ようやく始まったかという感じはしますね。『道のりは長いけどこれからです』という声を聞けたのは大きかったです。5ヶ月目のときにも益城町に行ったんですけど、その時はまだため息のほうが多かった」(堀氏)

そして、堀氏は「震災関連死といって、長引く避難生活、先行きが見通せない中で体調を悪化させたり、自死したりといったことがある」とも。継続的な「心のサポート」が必要と訴える。

そんな堀氏が現場に通い続けるいちばんの理由は、「現場に友達ができるから」だという。

「偶然の出会いで、LINEを交換して。『今度馬刺しごちそうするから来てくれよ』、『行きますよ』という関係性ができあがっていく。その人の地震っていうのはその時のタイミングで終わるわけでもないし、解決するわけでもない。一生の問題ですよね。家族をどうにかしなきゃいけない、生業をなんとかしなくちゃなど、どっかで区切れるような話ではないんです。そうすると、『お父さん、また良くなるまでお付き合いしますよ』という気になる。

もう一つは、どうしてもニュースは新しいことばかり伝えがちですが、(本来)新しいものの、積み重ねなんですよ。ミルフィーユのような。その積み重なったものをもう一回みて、『そういえばあのときこうだったね』、『ここまできたね』、『次どうなるんだろうね』っていうのを伝えるのもニュースの役目ですよね」


そして、そういったニュースをどう受け止めてほしいかについては、

「みんなが次の被害者になるかもしれないからです。取材に応じてくれる人たちは、『助けてほしい』という気持ちばっかりじゃないですよ。みんなもこうなるんだから気をつけてって。俺たちみたいになる、だから次の災害に備えてって。俺もまさか自分がこうなるとは思わなかったんだからと。役に立ちたい。だからプライベート空間までカメラを入れさせてくれる」とコメントした。