「原発だめなら石炭火力」は近視眼
エネルギー・温暖化政策の抜本的な改革が必要とされる中、「原発がだめなら石炭火力を増設すべき」「温暖化ガス排出の6%削減(1990年比)を定めた京都議定書の目標も2020年の中期目標(25%削減)も見直すべき」という意見もある。しかし、このような近視眼的施策は、日本にとっては政治的にも経済的にも好ましい選択ではない。
■火力発電の代替でCO2は1.7%増
まず現在の排出量を確認しよう。
2008年の国内排出量は京都議定書の基準年である1990年よりも1.6%増になっている。5.1%分は森林吸収や政府が購入済みの海外クレジットで減らすことが確定しているが、これだけだと京都議定書目標の基準年比6%削減まで2.5%不足する。しかし、産業界が独自に購入した海外クレジットがあり(朝日新聞の報道によると、電力会社だけで2008年は5%分、2009年は4.1%分)、それを考慮すると2008年度分は6%削減をほぼ達成していると考えられる。
2009年の国内排出量は基準年比4.1%減で、5.3%分は森林吸収や政府が購入済みの海外クレジットで減らすことが確定している。すなわち2009年については、産業界が確保した海外クレジットを考慮しなくても3.4%分余裕がある。
一方、原発事故の影響だが、東京電力によると、福島第一原発の発電量をすべて石油火力発電で代替した場合、1990年に国全体で排出した温室効果ガスの約1.7%が増える。すなわち2009年時点での余裕分の3.4%は、原発から火力への代替による排出増1.7×2=3.4%(2011-12年度の2年間続く場合)と同じである。
これらの数字から、景気回復で2010年の排出が増え、かつこれから原発が動かなくても、産業界確保の海外クレジットを考慮し、現在の省エネ状況が少なくとも1〜2年程度は続くと考えれば、京都議定書目標の順守への影響は大きくないと考えられる。
■自然エネルギーの発電コストは低下
一方、確かに現時点で鳩山前首相が掲げた2020年25%削減目標を論じるのは難しい。端的に言うと、1)これから迎える今年の夏のエネルギー危機を経たあとに、私たちがどのようなエネルギー政策、社会、そして生活を、自分たちと子供たちのために選択するか、2)その選択を反映した政策や一過性でない制度を、既得権益とのしがらみを排除しながら政府が実際に構築できるか、の二つにかかっている。
しかし、少なくとも安易な石炭火力増設は国際社会が許すことはなく、現段階においては経済的にも好ましくない。なぜなら、現在、技術開発や市場拡大によって自然エネルギーの発電コストは急激に低下している。また、現在、欧米や新興国が、21世紀唯一の成長産業とされる自然エネルギーや省エネへの投資・技術開発を大幅に拡大している。すでに出遅れている日本企業は、他国に圧倒的な差をつけられることにもなる。
「原子力を推進しないのなら、停電あるいは温暖化対策を放棄するしかない」という言説は、原発を推進したい、既得権益を守りたい、実質的な温暖化対策をしたくないという願望を持つ人々や企業が勝手に作ったものであり、決して世界の常識ではない。
■既存の自然エネ・省エネ技術で温度上昇2度以内可能
たとえば、プリンストン大学のロバート・スコロウ教授らは、現在すでに商業的に存在する技術(自然エネルギーや様々な分野の省エネなど)を普及するだけで、産業革命以降の温度上昇を2℃以内に抑えることが可能だとしている(原発による排出削減も含まれているものの、全体の削減量の14分の1でしかない)。もちろん、そのようなシナリオの実現には様々なバリアがあるが、最大のバリアである「既得権益」と「コスト」をめぐる状況は、今回の事故で大きく変化したはずだ。
いずれにしろ、日本にとっての最悪シナリオは、形ばかりの自然エネルギー・省エネ導入策が策定されるだけで、原発や化石燃料への過度の依存や政府と電力業界とのチェック・アンド・バランスを欠く体制はそのまま残ることだ。それは、後世に大きなツケを残す結果となると同時に、今回の悲劇を被った人への裏切りともなる。残された私たちの責任は大きい。(東北大学/地球環境戦略研究機関(IGES) 明日香壽川)
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