誰もが打ちのめされてしまう小説があるとすればきっとこんな作品だ。雫井脩介さんの新作『望み』は、ある家族の物語。

建築デザインの事務所を営む石川一登(かずと)は、妻・貴代美(きよみ)と高校生の息子・規士(ただし)と中学生の娘・雅(みやび)との4人暮らし。よくない仲間と遊んでいるらしい息子の無断外泊が続き家族で心配していた頃、地元で彼の友人が殺害されたというニュースが流れる。殺された少年の仲間のうち2人は逃げたが、1人は不明だという。もしかしたら殺されたのかもしれない。規士は加害者なのか、それとも…?

「最初、編集者から家族をテーマにした小説を書いてくれないかと言われたんです。この版元からは『クローズド・ノート』など温かい話を出しているので、同じ路線を期待されたと思うんですが、その延長線上の話が浮かばなくて。今回の小説のアイデアは以前からストックとしてあって、純粋なミステリーとも言い難くてなかなか書く機会がなかったので、これを機に提案してみました」

ネタバレしない程度に説明すると、ストックされていたアイデアの原型は、大切な人に重大なことが起きた時に、人はどういう感情を抱くか、というものだ。

本作で、家族の心は揺れ動く。殺人犯であってほしくないと望めば規士が死んでいることを願っていることになるし、生きていてほしいと願えば彼が人殺しであることを望んでしまう。どちらにしても非常に辛く、家族の間にも亀裂を起こしかねない。

「父親と母親で考え方が違うという設定は最初から考えていました。男だからこう、女だからこうと決めつけたわけではなく、どちらがどう思ったほうがしっくりくるかを考えていきました」

また、高校受験を控えた妹の雅は、自分が希望の学校を受けられるかという不安を口にする。

「こういう事件に巻き込まれたくないという、両親には言えない本音をのぞかせてしまい、そのことによって彼女自身が傷ついてしまう。それに対して両親がどう対応するのかも書いていこうと思いました」

事件の真相が分からないうちから、彼らの家にはマスコミがやってくる。出かけようとすれば囲まれてしまうが、加害者としても被害者としても振る舞えない苦しい状態が続く。

「自分の立場が決まってないうちにマスコミに来られたら、相当困りますよね。そのあたりのマスコミの怖さも書きたかった。ただ、怖いだけではなくて、警察からの情報も得られない時に、マスコミはいろんな情報を与えてくれる存在でもある」

また、少し前に規士がこっそりナイフを買い、それを見つけた一登が取り上げた出来事も、とある形でジワジワと彼らを締め付ける。

「ナイフの件はプロット段階で編集者に?この部分はいいサスペンスになりますね?と言われ、なるほどと思って。今回は主人公たちが動いて事件を解決する形ではなく、ただ情報を待つしかないという話。ひたすら心の揺れ動きを書いていくつもりだったので、僕にしては文学的なテーマになるかもしれないという懸念があったんです。でもやっぱり、僕が書くとサスペンス的なものになるんだなということが分かりました」

息もつかせぬ描写を積み重ねて、やがて真実は明かされる。さて、あなただったらどちらの結末を望む?

◇高校に入ってからあまり評判のよくない仲間と遊んでいるらしい長男の規士。連日の無断外泊を皆で心配していた矢先、彼の遊び仲間が殺されたというニュースが流れ、石川家に激震が走る。KADOKAWA 1600円

◇しずくい・しゅうすけ 作家。1968年、愛知県生まれ。2000年に新潮ミステリー倶楽部賞受賞作『栄光一途』でデビュー。’04年刊行の『犯人に告ぐ』で大藪春彦賞受賞。著作に『火の粉』など。


※『anan』2016年9月28日号より。写真・森山祐子(本) 高橋マナミ(雫井さん) インタビュー、文・瀧井朝世