聖人君子でない限り、悪口もまた楽しいもの。気の合う仲間内での辛辣な会話には絆をより深める役割だってある。

とは言え誰かを傷つけることがないよう、大人なら最低限のマナーは守りたいところ。エッセイストの酒井順子にご意見をうかがいました。

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私も、子供の頃は悪口の危険性を理解していませんでした。極端に素直な子供だった私は、感じたことを何でも口にしていたのですが、周囲からしたらそれはどうやら悪口というものだったらしい。小学校の卒業文集の「友達から見た短所」の部分には、

「口が悪い。人をすぐきずつける」

と書いてありましたっけ。

こうして私は、おそまきながら、「感じたことを全て口にしちゃいけないんだ!」と悟ったわけですが、しかし一度知った悪口の快感を、そう簡単に手放せるものではありません。次第に、自分の中で「周囲と軋轢を起こさずに、悪口を上手に言う方法」を考えるようになったのであり、結果として確立した私なりの悪口の言い方の基本にあるのは、

「タバコと同様に扱うべし」

という感覚なのです。

法律で禁止されているわけではない。けれど、煙や臭いで周囲に迷惑をかけてしまうし、健康にも悪いのが、タバコ。悪口もまた、禁止されているわけではないけれど、一般の人にとっては聞き苦しいし、言いすぎると自分の精神もどんよりしてくるものです。

だからこそ悪口は、タバコのような嗜好品だと思うべし。「同好の士と、他に漏れない場所で、時間を限って」語り合うのがコツなのではないかと、私は考えております。

その中でもっとも大切なのは、悪口を

「言う相手を正しく選ぶこと」

です。悪口と同じ性質を持つ話題として下ネタというものもありますが、私の場合は、下ネタを言い合っても大丈夫、というか互いに積極的に言い合うことができる友達、すなわち「シモトモ」とだけ、その手の話をしています。そして悪口を言い合うことができる友達である「悪トモ」も、もちろんいる(両者は同一人物であることもしばしば)。

悪トモは、ただ悪口好きな人であれば誰でもいいわけではありません。他人への愚痴をだらだらと話し続けるのでなく、こちらが言った悪口をジャストミートで打ち返し、場外まで運んでくれるようなキレのある反応が欲しいところでしょう。

この人は悪トモとなり得るか否かを見分けるのは、そう難しいことではありません。言動の端々に、悪口愛好の気は出るものなのであり、同好の士であれば、そんなサインはすぐにわかる。見逃さずにキャッチしたいものです。

◇酒井順子 エッセイスト。最新刊は『朝からスキャンダル』。創刊から現在まで、anan が映し出してきたその時どきの世相を振り返る試みが好評を博した連載「ananの嘘」は今号で最終回!


※『anan』2016年10月5日号より。イラスト・maegamimami 文・酒井順子