鋭い切れ味は人生のお楽しみ。みんな大好き悪口ですが大人ならば、誰かを傷つけたりしないよう、お作法が必要です。

エッセイストの酒井順子さん曰く悪口は「楽しいからこそ危険な行為」。だからこそ、言う場所にも気を使うべきだといいます。

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悪口を言う場所もまた、大切です。学校や職場など、多数の人がいる中で悪口を垂れ流すというのは、愚の骨頂。これは勘違いされやすいことですが、悪口とは、対象者を攻撃したり傷つけたりするために言うものではありません。それはあくまで、自分の腹の中に溜まっている黒い思いを吐き出してスッキリするための、自慰行為のようなもの。

そう考えるならば、悪口の対象となった人の耳には、その悪口が届かないようにしたいところです。相手の人格を矯正したい、という世直し欲求がある人は、悪口ではなく面と向かって喧嘩をすればいいのであって、そうでない人の場合は、悪トモ以外には絶対に耳に入らないような場所を選ぶべきでしょう。

それは、臭いや煙が非喫煙者に漏れないよう、タバコを喫煙所で吸うのと同様の、悪口のマナーです。たとえば私の場合は、個室があるレストランをしばしば利用。個室でなくとも、知り合いが周囲にいなければいいだろうという話もありましょう。しかし、知らない人の悪口であれ、他人にとっては聞いていて心地よいものではないのです。できれば

「他人の耳目が無い場所」

を、選びたい。

ではネット上での悪口は、どうなのでしょうか。ネットは今や、悪口すなわちディスり行為の主戦場となっていて、匿名性があるからこそ、過激な悪口が飛び交っている。

一人でスマホやパソコンに向かっている時、つい悪口欲求が湧き出してくるのも、わからぬではありません。しかし私のような者からすると、ネット上に悪口を書くと、それが残ってしまうのが心配なところです。個人の特定はされにくいとしても、「書く」という行為によって、自分の心の中には確実に「言う」よりも深く、その言葉は刻みこまれるのですから。

ネット上に多少の悪口を書いたとて、そんなものはすぐ忘れ去られる……という感覚もあるのでしょう。が、それも確実ではありません。たとえば紫式部は、『紫式部日記』の中に、ライバルである清少納言に対する激烈な悪口を記しています。それは彼女の本心であったろうし、またそれが後世まで残るなどとは、夢にも思わなかったに違いない。

しかし彼女に才能があったせいで、それは千年後の今もなお、活字となって版を重ねているのです。そして、「紫式部って、けっこうジメジメした性格なのね……」と、読者に思われ続けてしまっている。

「一度文字になった言葉は、延々と残り続ける」

可能性があるということを、悪口を書く時は理解しておきたいものです。

◇酒井順子 エッセイスト。最新刊は『朝からスキャンダル』。創刊から現在まで、anan が映し出してきたその時どきの世相を振り返る試みが好評を博した連載「ananの嘘」は今号で最終回!


※『anan』2016年10月5日号より。イラスト・maegamimami 文・酒井順子