“ひと昔前”であるはずの昭和。それでもその時代の女性たちに今なお私たちが引きつけられるのはなぜ?

その理由を、彼女たちの生き方や人となりに色濃く影響を受けてきた、エッセイストとしても活躍中の女優・ミムラさんが解き明かします。

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■「いつか世間話を」 文・ミムラ(一部抜粋)

「料理、あまりしないんです」

身近な女性達の口からそう聞く度に、ソワソワする自分が居る。私の役者業を応援・家事も全面的に分担してくれる夫に、どうしても料理だけは任せる気になれず、多忙中も出来る限り自炊している。

一人暮らしの自炊は相対的に高くつくというデータは知っているし、男女同等に働き家事の分担も平等化していく、そんな世の中になればと願っている。それなのに“忙しくても料理する女性”に固執しているのだ。現代の風潮から少し昭和に偏った、このブレない私の基準。一体どこから来たものか……。

四年前、書店で桐島洋子さんの『聡明な女は料理がうまい』を目にして、そうだ、これだ! という納得の思いが胸の内を駆け抜けた。そしてその納得の真中に、向田邦子さんが涼しい顔で立っていた。ずばり彼女こそ、私にとって憧れの“料理が上手い聡明な女”なのだ。

向田さんとの出逢いは中学生、国語の教科書の中だった。毎年配布されたその日に全編読む習慣だったが、向田さんのエッセイ「安全ピン」だけは三度も読んだ。題材とされている日米安全保障条約は、平成の日常には滑らかに組み込まれきっており、“一昔前の昭和的な内容”と言えた。なのにどうして、この文章はこんなにも面白く読めるのか? 不思議な満足感で眠りに落ちた春の夜が懐かしい。

その後、二十代頭にかけて向田さん関連の主だった出版物はほぼ読み、一冊読み終える度、ファンになっていった。そうして自分でも執筆するようになったある日、前述の「安全ピン」を何気なく再読し、その凄さに打ちのめされたのだ。

居並ぶ言葉達は高級な寄木細工のようであり、固すぎず丸すぎず、丁度良い大きさでぴたりと居場所を得て、重みをもって収まっていた。これがつまり「文章がうまい」ということだと、まだ気づけなかった十代。知って衝撃を受けた二十代。その強烈な感慨を今なお噛み締めている、三十二歳の現在なのである。

◇むこうだ・くにこ 1929年、東京都生まれ。実践女子専門学校卒。映画雑誌編集を経て放送作家に。ラジオ番組『森繁の重役読本』、テレビドラマ『寺内貫太郎一家』など、脚本を1万本以上手がけ、次々とヒットさせる。'78年に初のエッセイ『父の詫び状』を、'80年には直木賞小説を含む『思い出トランプ』を刊行。小説家としても活躍しはじめた'81年、台湾旅行中に航空事故に遭い、帰らぬ人となる。

◇ミムラ 女優、エッセイスト。NHKドラマ『トットてれび』に、向田邦子役で出演。本人の筆跡を猛練習して原稿シーンに臨むなど、渾身の演技が話題に。最新出演作『カノン』が、10/1より全国公開。


※『anan』2016年10月5日号より。写真・柴田博司 写真提供:NHK 文・新田草子