毎週のように学校を訪ね、たくさんの授業を見ています。そして、先生方から授業への想いを聞いています。小学生から高校生、そして、先生や保護者のかたに役立つ教育番組を制作するためです。そのなかで、「こんな先生に教えてほしい」と思った先生方のことを書かせていただきます。

今回紹介するのは、小学6年生の体育の授業です。取材した宮城県のA先生は、「キャラが立っている」先生です。印象に残ったのは「抑揚のあるトーク」「大きな身振り手振り」「歯切れのよい言葉」「今、子どもたちに流行しているギャグを自然に使いこなしている」などなどです。

そんなA先生が、今回目指す授業は、どんな子も体育嫌いにしない授業だそうです。先生は、体育が嫌いになるのは、「できた」か「できない」かがあるからだと考えています。そこで、運動の楽しさを感じて、体を動かすことを好きにさせる授業を計画しました。

先生は、まず目標を3つホワイトボードに張り出しました。
●体動:髪の毛・ほっぺ・指先・胸・おなか・腰などなど、ありとあらゆる体の部分を動かそう!
●自見:自分で体の動かし方を見つけることが目標!
●仲認:仲間の動きも見つけ、認め合おう!
つまり、今日の目標は、自分の体がどのように動くのか、どんな動きができるのかを探ることです。

ここで、先生が、この授業のために用意したアイテムを配ります。色違いのベルトに熊よけの鈴を付けたもので、「なるへそ君」と名付けました。先生が何軒も店を回り、大きな音の出る鈴を探して、マジックベルトに付けたものです。これを鈴がへその真上にくるよう胴に巻きます。そして、「『なるへそ君』を鳴らし続けよう!」と指示を出します。
そう、「なるへそ君」は、動けば鳴る、止まれば鳴りません。しかも、体の一部を動かしただけでは鳴らず、鳴らすには、全身を動かさなければなりません。

先生が、「太鼓を打ち鳴らしている間は動かなければならない」というルールを伝えてスタートです。
動き出した子どもたちが、まず気付くのは、鈴を鳴らし続けるのは、意外に大変だということです。しばらくたつと、どう動いたらよいか思いつかない子や、動いてみたもののすぐに歩き出してしまう子が出てきます。先生は、耳を澄まして、鈴が鳴っていない子のところに向かいます。

そのうちに、子どもたちは、鈴を鳴り続けさせるためのいろいろな動きを考え出していきます。走る、ジャンプする。体をひねる、はいはいする、エビ反りする、床に寝転がるなど、音で体の動きを自覚し始めました。動き続けて40分。みんな汗でびしょびしょです。

次の時間、先生が新たに用意したのは、新聞紙です。「なるへそ君」を付けた子どもたちに、先生は「今日は、新聞紙になってもらうから」と伝えました。新聞紙を揺らし、「見て感じたとおりに体を動かして!」と言いながら、「洗濯物のように干されている新聞紙だよ」などさりげなくイメージを伝えます。そして、先生は、徐々に動きを複雑化していきます。

風が強くなり、震えるように……
パラっと落ちたら……
地面をはうように移動して……
バタンバタンと跳ねて……
急に丸まったと思ったら、急に広がって……
また、新聞紙がくしゃくしゃに丸まったと思ったら……
ポトンと落ちた

子どもたちは、先生の動きに合わせて、思い思いに体を動かしながら、今まで、使っていなかった体の部分を動かしていることを自覚していきます。
さらに、その後、2人か3人1組のグループを作り、友達が作る自由な新聞紙の動きに合わせて、再び新聞紙になりきります。ここで、重要なのは、新聞紙を操る側が、友達がする意外な体の動きを発見し、その引き出しを増やすように導くことです。A先生は、子どもたちを回り、面白い動きを見つけると「いいね、それ!」と声をかけ続けました。

次に、動きにメリハリを付けるために、「体を止める」感覚を身に付ける段階に入ります。
まず、動きの約束ごとを決めました。「走〜止、走〜止、走〜止、止、止」。そして、「激しく」「ゆっくり」などスピードを変えながら、「走〜止、走〜止、走〜止、止、止」を繰り返します。

ここでは、「なるへそ君」が、「体を止める」感覚を意識するために役に立ちます。慣れてきたところを見計らい、次に加えたのが、「体の向きがどちらにあったのかを意識して」さらに「止まったら、どこかをじっと見て」でした。視線と体の向きを考え、頭の位置や手先などを意識すると、自然と自分の体が今どんな形になっているかが、わかるようになるそうです。

そして、子どもたちの動きは、メリハリが付き、徐々にダイナミックになっていました。なにより、楽しそうに笑顔で、体を動かしていたのが印象的でした。

A先生は、「高学年だからこそ、体を動かして表現することが大事」と言います。恥ずかしい、目立ちたくないと思いがちになるからこそ、表現する楽しさを伝えることに意味があると考えているのです。

(筆者:桑山裕明)