「少年院出身の子を雇ってくれる会社はなかなかない。でも、とびで手に職がつけば、どこででも食べていけるし、独立して社長になれるチャンスがある」。神奈川県横須賀市にある、とび職の会社「セリエコーポレーション」の岡本昌宏社長(41)は、少年院や児童相談所の出身者らを、仕事・住まい・身元引き受けの3点セットで雇用する「職親」活動を10年以上続けている。15人ほどいる従業員のうち、常時3人前後が、親に受け入れ拒否されるなど「帰る家のない子どもたち」だ。

法務省は、再犯防止などの観点から、刑務所や少年院などの退所・退院者の就職支援に力を入れているが、全国で約1万2600社が登録している「協力雇用主」(出所者らの採用を検討する企業)のうち、実際に雇用している企業は5%以下の約500社(2014年)。法務省は補助金を出すなどの対策を取っているが、就職先の確保は難しいのが現状だ。少年院出身者らを積極採用する企業でつくる、日本財団の「職親プロジェクト」にしても、東京エリアの参加企業は8社、全国で見ても約60社しかない(2016年6月1日現在)。

なぜ「非行少年」たちを雇い続けるのか。岡本社長は9月21日、東京・文京区であった講演会(主催:NPO法人タイガーマスク基金)で、「職親」にかける思いを語った。

●「たまたま環境が悪く、染まってしまっただけ」

実は岡本社長も、かつて歌舞伎町でならした札付きの不良だったという。「10代では悪さばっかり。生きるか死ぬかのどん底でした」。そんな岡本社長を変えたのは妻との出会い。相手と釣り合う人間になろうと、19歳でとび職人になり、真面目に働いた。30歳で自分の会社を持ち、今では3児の父親だ。

岡本社長は、きっかけさえあれば人は変われると言う。「(入社して来る子どもたちは)みんな素直でかわいいんですよ。たまたま環境が悪くて、悪いように染まってしまっただけで」。岡本社長は「迷惑をかけた世の中への恩返し」と考え、のべ80の少年院や刑務所をめぐり、「とびにならないか」と語りかけてきた。これまでに1人が独立して社長になった。現在も2〜3人の若者が独立を視野に入れて働いているという。

一方で岡本社長は、今のやり方に限界も感じているという。これまでに約50人を雇い入れて来たが、ほとんどが入社数カ月にもならないうちに辞めてしまったからだ。その都度、何が悪かったを考え、対策は取ってきた。怒鳴ることをやめ、無遅刻無欠勤なら給料を上げたり、スマホを買い与えたりと「アメ」も用意した。精神保健福祉士や寮母などのスタッフも増やした。

しかし、岡本社長のもとに来る社員は、18歳未満が大部分を占める。遊びたい盛りの子どもたちだけに、無断欠勤したり、昔の仲間のもとに帰ってしまったりすることは少なくない。中には警察の世話になった子や、テレビなど寮の備品を持ち出し、行方をくらませてしまった子もいる。加えて、とびの仕事は重労働。やる気があって入社して来ても、理想と現実のギャップに思い悩む例もある。

●「なんとか成功事例を作って、社会の目が変われば」

岡本社長が必要だと考えるのは、子どもたちへの選択肢を増やすことだ。法務省の「協力雇用主」約1万2600社の半数は建設業だ。サービス・飲食業と合わせると、全体の約80%を占める。マッチングの観点でいけば、もっと幅広い業種の協力が不可欠だ。

そんな思いから岡本社長は今年7月、NPO法人「なんとかなる」を立ち上げた。本業のとび職での受け入れとは別に、地域や企業と連携して、少年院や児童相談所出身の若者たちに住まいと、とび以外の職場体験、学習支援などの提供を目指している。

まだまだ道は険しい。「(企業に協力をお願いしても)『良い取り組みをしてますね』と言ってくれるけど、一歩後ずさりしている。少年院、刑務所と言うと引いてしまうんです」。それでも、協力団体は徐々に増えているという。

岡本社長は「なんとか成功事例を作って、『ああいう子たちでも頑張れるんだ』という風に、社会の目が変わってくれればと思っています」と柔和な笑顔で話していた。

(弁護士ドットコムニュース)