足元の為替市場で、ドルが円などの主要通貨に対して上昇する場面が見られる。その背景には、米国での利上げ観測上昇がある。米連邦準備制度理事会(FRB)の高官のなかには、「雇用の改善が進み、中期的な物価目標の達成が見込まれていることから緩やかな利上げが必要」と主張する声もある。

 一方、日本では先行きの金融緩和観測がある。この結果、米日間の金利差が拡大し、それに素直に反応してドル高・円安の動きが進みやすかった。

 米国経済を見ると、労働市場の回復は進んでいる。ただ、その他の指標を見ると、8月の新車販売台数は前年同月に比べ4.1%減少し、ISM製造業景況感指数も景気の強弱の境目と言われる50を下回った。米国経済全体の動きは、利上げを正当化できるほど強いとはいいづらい。FRBは難しい判断を迫られるだろう。

 そうした米国経済の状況を考えると、米国はドル高の影響を吸収できなくなりつつある。米国政府も本音では輸出振興などのために緩やかなドル安を欲しているようだ。そう考えると、米国の利上げが再度、ドル高・円安トレンドをもたらすとは限らない。むしろ、基本的な流れとしてドルは円に対して下落し、円高基調が続く可能性は高いと見る。

●リスク要因を抱える世界経済

 世界経済を見渡すと、徐々に不安定な動きが増えている。まず、米国以外の地域でのリスク要因として3点指摘できるだろう。

 1点目は、中国及び新興国の減速懸念だ。中国では過剰な生産能力の解消が十分に進んでいない。そして、GDP(国内総生産)の200%超に膨らんだ民間企業の債務残高を、政府がどう管理できるかも不確実だ。多くの新興国の成長が中国経済に支えられてきたこともあり、中国経済の低迷は新興国全般にかかわる問題だ。

 2点目は欧州の政治・経済リスクだ。英国のEU離脱交渉がどう進むかが不透明ななか、EU加盟各国では右派が台頭し、政治運営が不安定化している。その結果、イタリアでは銀行の不良債権処理が進みづらくなっている。イタリアだけでなく、ドイツなどでも大手行は自己資本を拡充する必要に迫られている。本来であればEU加盟各国は団結し、財政出動を進め景気を支えるべきだ。対策への時間的な猶予はあまりない。

 3点目は、トルコを含めた中東情勢の混迷がある。未遂に終わったトルコのクーデターなどの虚を突いてテロリストが西欧でのテロ攻撃を激化させれば、欧州各国で移民・難民への反感が高まることは必至だ。それがEUから離別し、自国優先の政治を進めるべきとの世論につながりやすい。

 リスク要因が増えるなかでも世界経済が大きな混乱に陥らなかったのは、米国経済が緩やかな景気回復を続けてきたからだ。世界経済は米国経済の動向に依存している。その米国の景気回復も、どこかでピークを迎えるだろう。2009年6月に米国経済は景気の底を打ち、7年超の景気拡張を歩んでいる。

 過去の景気循環を振り返ると、平均的な景気拡張期間は約5年だ。景気回復の強さを考える上で重要な企業の設備投資も本年4〜6月期まで3四半期連続でマイナスだ。労働生産性も落ち込んでおり、雇用の改善が企業の利益率悪化につながるかもしれない。

 こうした状況は、徐々に米国の景気回復の勢い=モメンタムが剥落していることを示す。在米エコノミストのなかには米国経済がピークアウトする確率を、17年が3割程度、18年は7〜8割程度と読む者もいるようだ。

●米国の金利引き上げリスク
 
 徐々に世界経済を取り巻くリスク要因が増え、先行きへの懸念が高まるなか、FRBの利上げは思わぬ影響をもたらす可能性がある。

 まず、新興国の金融市場には注意が必要だ。年初の人民元急落などは新興国経済に対する懸念を高め、多くの投資家がリスク回避に動いた。その状況のなか、FRBは慎重に金融政策を進める姿勢を強調した。国際経済、金融市場に対する懸念を示し、利上げを急がない姿勢を強調したのである。

 そうしたFRBの慎重さは投資家を安心させたはずだ。そして、多くの投資家は「年内利上げは困難であり、低金利環境が続く」とまで考えた。その結果、世界的な金利低下が進むなか、少しでも収益を確保しようとの考えが強くなり、新興国に資金が流入した。

 6月、予想外に英国がEU離脱を決め、市場は大きく混乱した。しかし、短期間で新興国を中心に世界の市場は落ち着きを取り戻した。この背景にも低金利による投資家心理のサポートがあったはずだ。

 低金利への期待が根強いなかで、8月下旬、フィッシャー副議長らFRB関係者が一様に利上げを支持したことには相応のインパクトがあった。投資家がリスクテイクに慎重になり、新興国通貨がドルに対して下落したのは当然だろう。

 それでも、市場参加者はまだら模様ともいえる米国の経済指標などを理由に、利上げは容易ではないと考えている。もしFRBが利上げに踏み切れば、市場にはショックが走り新興国市場を中心に混乱が生じる可能性がある。

 混乱の影響は米国にも逆流するはずだ。新興国への売り圧力が強まる場合、グローバルな投資資金はブーメランのようにドルに還流しやすい。年初来の新興国買いの動きが低金利に支えられていただけに、新興国通貨、債券、株式を売り、利上げが進む米ドルを買う動きは相当なスピードで進むだろう。こうしてドルは新興国等の通貨に対して上昇する可能性がある。

 そして、もはや米国経済はドル高に対する十分な抵抗力を備えてはいない。すでに大手企業の経営者からは、ドル高が収益を圧迫しているとの指摘なされてきた。FRBもドル高を警戒している。つまり、自分で自分の首を絞めるように、利上げがドル高につながり米国経済を下押しするリスクがある。

●FRBの利上げが世界経済、日本に与える影響

 米国では、低金利に支えられてきた株式市場にも調整圧力がかかるだろう。低金利環境で米国の企業は社債を発行し、自社株の買い戻しを進めて株価を支えてきた。利上げはこの動きにブレーキをかけ、株価下落につながりかねない。株価の下落は消費者心理を悪化させ、小売り、自動車販売、住宅市場の下押し要因となるだろう。

 それは世界的な株価の下落などリスク回避の進行につながり、世界経済に無視できない影響を与えるだろう。利上げが、米国というエンジンの出力が低下し、世界経済という車の巡航速度の低下=景気減速につながる可能性があることは冷静に考えるべきだ。

 そこで欧州や日本への影響を考えると、企業業績や設備投資計画の下方修正、消費低迷などの懸念は高まりやすい。新興国の減速、需要低迷観測による資源価格の下落などは、日本の物価に追加的な下押し圧力をかける。その場合、デフレ脱却が遠のく事態も想定される。これはユーロ圏にも当てはまる。

 為替レートの動向にも注意が必要だ。利上げが新興国の金融市場の混乱につながる場合、多くの投資家はリスク回避的に行動するだろう。それはキャリートレードの巻き戻しを通して円の買い戻しにつながる可能性がある。日本独自の要因として、経常収支の黒字が拡大し、国内から一定の円買いニーズがあることも忘れるべきではない。

 そして、米国の為替政策は、強いドルは国益との考えから、緩やかなドル安重視に変化しつつある。日銀がさらなる金融緩和を進めれば、一時的に円安→株高の流れが進む可能性はあるものの、世界の投資家はドル安を念頭に動いているはずだ。そのため、基本的にはドル安・円高の動きが続きやすい。

 その場合、日本の景気動向には注意が必要だ。円高は国内の企業業績の悪化、株価下落、賃上げ期待の剥落につながる。円高への抵抗力をつけるためには、民間企業の自助努力によって技術力や生産性を高め、より効率的に付加価値を生み出していくしかない。

 それは創造的破壊=イノベーションにかかっている。徐々に世界経済の先行き不透明感が高まり、円高リスクへの懸念も出やすいなか、政府は企業のイノベーションを支え、新規産業の育成などに注力していくべきだろう。
(文=真壁昭夫/信州大学経法学部教授)