2020年に予定されている東京オリンピック(五輪)・パラリンピックの大会運営費用や会場整備費用が昨年末、当初見込んでいた3013億円の6倍の1兆8000億円に拡大、さらに東京都が負担する大会後整備費用、2241億円を含めると、2兆円を大きく上回ることが明らかになった。

 計画では東京圏にある33会場のうち28会場を、東京湾岸の晴海地区の選手村から半径8km以内に集約する「コンパクト」な会場配置とすることを打ち出したが、見直しなどでバトミントン会場に予定されていた「夢の島ユース・プラザ・アリーナA」の新設は中止され、武蔵野の森総合スポーツ施設を活用することになった。また、バスケットボール会場に予定されていた夢の島ユース・プラザ・アリーナBも新設が中止され、「さいたまスーパーアリーナ」で開催される。

 さらにセーリングの「若洲オリンピックマリーナ」は「江の島ヨットハーバー」が活用されることになったが、それでも東京都が負担する建設費の急増は避けられない。バレーボールなどで利用される「有明アリーナ」の建設費は、招致時の176億円から404億円へ2.3倍も跳ね上がり、カヌーやボートで使われる海の森水上競技場は招致時の69億円から491億円へ7.1倍も跳ね上がっている。そのほか、「大井ホッケー競技場」は1.9倍の48億円、「カヌー・スラローム競技場」は3倍の73億円、「オリンピックアクアティクスセンター」は2.1倍の683億円に跳ね上がっている。

 こうした状況のなかで8月2日に就任した小池百合子東京都知事は、外部の有識者などを委員とする「都政改革本部」を設置して、東京五輪・パラリンピックの関連事業や、都や都が出資する団体の業務、予算、組織の総点検に乗り出している。

 果たしてオリンピック推進の在り方は今のままでいいのか。公益財団法人東京五輪・パラリンピック競技大会組織委員会の参与を務める間野義之・早稲田大学スポーツ科学学術院教授に話を聞いた。

●「引き算」の五輪

――2020年の東京五輪の費用が当初の6倍の2兆円を超えるとみられています。

間野義之氏(以下、間野) 先月、リオデジャネイロ五輪を見てまいりましたが、本当によかったと思いました。彼らはぎりぎりの社会状況のなかでミニマムでやっている。ハード、輸送・セキュリティーなどは60点でぎりぎり合格という感じですが、日本は100点満点を目指している。しかし、本当にそんな必要があるのでしょうか。

――どういうことでしょうか。

間野 60点でも五輪は五輪、やれないことがないなかで、日本はオーバースペックになりがちなんだと改めて考えさせられました。確かに日本の最先端技術をショーケースとしてみせていくことはそれなりに大切ですが、五輪のために建設された施設は17日間の大会後、長い時間存続していかなければなりません。五輪の本大会である「五輪モード」と、それが終わったあとの「レガシー(遺産・遺物)モード」はきちんと峻別して、必要最小限のラインを見極める必要があります。

 80点を90点、90点を100点に上げるためには、ものすごいお金と時間がかかります。このあたりをもっとセーブ(抑制)してもいいのではないでしょうか。20年に向けてレガシーを意識した「引き算」の五輪であるべきです。

――東京五輪は当初、「コンパクトでお金をかけない」というのがテーマでした。

間野 東京は2度目の五輪を迎えます。発展途上国の五輪はハードがレガシーとして残る点が大きいですが、00年のシドニー大会にしても12年のロンドン大会にしても、先進国のレガシーはハードよりもソフト、無形なものをつくり遺していく傾向があります。ですから、1964年の前回東京五輪のよき思い出は大切にしながらも、それと同じことをもう一度やるのではなくて、成熟国家として無形のレガシーを残すことに舵を切るべきです。

 ハードには大会が終わったあとのことも考えて、ミニマムで対応していくという判断をしてもいいのではないかと思います。小池都知事も深く関与することになり、従来の右肩上がりで予算が膨らんでいくところから、下げていく方向に切り替えていく必要があると思います。

●「プロフィットセンター」を目指す

――五輪開催後に施設をどう有効活用するのかということも重要なテーマです。

間野 スタジアムやアリーナの有効活用は重要なテーマで、実は9月26〜30日にかけて行われている「スタジアム&アリーナ2016」(会場:横浜アリーナ)というイベントでも、このテーマでパネルディスカッションを行います。これまでそうした競技会の施設というのは、コストセンター(費用が大きな施設)としてとらえられてきました。これからはむしろプロフィットセンター(収益が大きな施設)として考えていく必要があると思います。収益をしっかりと生んでいくような設計思想や事業思想が求められています。

――それを実現するにはどうすればいいのでしょうか。

間野 いろいろなハイテクノロジーがありますが、なんでもやればいいというものではありません。これまでの施設整備のビジネスはB to B、政府や自治体に売っておしまいというかたちでしたが、B to B to Cでコンシューマーにとってどのような価値を生むかを考え、そこから施設使用料や入場料、広告料、放送権料などにどう反映するかを考えていかなければなりません。単に便利だから、早いから、安全だからということだけでなく、ハイテクとローテクと合わせてハイブリッドでやってもいいのです。

――プロフィットセンターにするには、具体的にどうすればよいでしょうか。

間野 ひとつは、有料観客を集められるイベントをたくさん打つことです。スポーツに限らず、音楽などのイベントです。たとえば東京ドームで有料観客数の大きなイベントが、世界らん展です。あるいはふるさと祭り東京というイベントで、いろいろなお祭りがド―ムの中に結集します。もっと人々が有料入場してもいいというイベントを打てるかどうかにかかっています。あとは人件費の部分をどれだけ削減できるか。収入の増大とロボテクスなどを導入して、どれだけコストを削減できるか、この2つが大きな課題だと思います。

●設計思想の変更が問われる

――今までは、何が問題だったのですか。

間野 従来の設計思想は、施設を「観客が見る場所」というよりも「選手が競技する場所」ととらえる「国体施設の発想」が強かったのです。そうではなくて、観客・観戦者を魅了するような設計事業思想でつくっていく必要があります。

 実際に有明アリーナは、運営支援事業者を事前に選定しています。普通は設計工事、竣工と段階的に運営となっていくのですが、設計の段階で運営事業者を選定しました。どうやって収入を上げてコストを下げて、利益を上げて事業をやっていくのかを考えているからです。従来型ではない五輪競技施設の建設が行われています。

――東京五輪の施設では、すでにそうした運営事業者の選定が行われているのでしょうか。

間野 少なくとも東京都が新規で行う5つの恒久競技施設の設計には、運営支援事業者が入っています。こうした事業者が設計段階から助言をして改良・改善しています。無駄を最小限にしなければいけないのは、五輪組織委がつくる仮設の施設です。

――仮設施設の問題点とは。

間野 仮設競技場といっても、数十億円はかかるものもあります。それを五輪・パラリンピック後に解体すればいいのか、本当に数十億円かける必要があるのか、そこをもう少し考える必要があります。

 たとえば最初の計画では8km圏内で行うコンパクト五輪を謳っていましたが、それが埼玉県や千葉県、神奈川県、自転車競技は一部静岡県に広がりました。一部ではこれに批判も上がっていますが、今回リオ五輪に行って感じたのは、必ずしもコンパクトである必要はないということです。開催会場は大きく4つありましたが、会場間を車で移動するには1時間から1時間半かかります。ABCDという正方形の4つの角にあるような配置ですが、AからBを経由してCに行くと、2〜3時間平気でかかります。全然コンパクトでなくても、開催できるのです。本当に必要な施設が埼玉県や千葉県や神奈川県にあるのであれば、輸送体系を考えたら十分代替可能ではないでしょうか。

――コンパクト五輪にこだわらず、既存の施設があれば多少離れていてもそれを使っていくというやり方もあります。

間野 もちろんコンパクト五輪はIOC(国際五輪委員会)と話し合って決めてきたことなので、東京都だけで決められる問題ではありません。しかし知事が交代したこともあり、再考するタイミングではないでしょうか。

(構成=松崎隆司/経済ジャーナリスト)