秋の旅行シーズンを迎え、各社が旅行客の獲得を積極的に行っている。寿司やローストビーフのバイキング食べ放題など、食欲の秋を連想させる食材で集客を行う会社もあれば、裕福なシニア層向けに豪華かつ上質な旅で訴求する会社もある。

 そんななか、青森県内に3つの宿泊施設を運営する星野リゾートは、各施設が独自のテーマで地域の魅力を深掘りする。たとえば、後述する施設では「のれそれ青森」をテーマにした顧客訴求を続けている。「のれそれ」とは、津軽弁で「思いっきり、めいっぱい」の意味だ。

 実は、筆者が最初にこの言葉を聞いたのは2008年に取材した時だった。8年たって、地域訴求の活動はどう変わったのか。今回は2つの施設の事例を紹介してみたい。

●奥入瀬渓流の自然美を培った「苔」を訴求

「苔ガールステイ」「苔メン」「苔カクテル」「苔玉アイス」……。これらは、「星野リゾート奥入瀬渓流ホテル」(同県十和田市)が13年から始めた活動だ。奥入瀬の自然資源である「苔(コケ)」をテーマにしたもので、苔ガールステイとは、苔に関心がある女性客向けの宿泊プラン。苔メンとは、渓流散策の案内人である同社の男性従業員(ネイチャーガイド)のことだ。だが、そもそもなぜ苔だったのだろうか。

「奥入瀬の森の現在の形は、苔の存在があって成り立ったそうです。苔は日本全体で約1800種類あり、そのうち奥入瀬渓流には約300種類の苔が生息しています。そこで、渓流沿いの宿泊施設として、苔をテーマとしてお客さんに訴求しようと決めました。今年6月には、モスグリーンで統一した客室『苔ルーム』もつくりました」(奥入瀬渓流ホテル総支配人・宮越俊輔氏)

 一口に苔といっても、種類はさまざまだ。「タマゴケ」という、先が球体の苔もあれば、「コバノスナゴケ」は花のような形が群生しており、花火のようだとも評される。以前から、同社のネイチャーガイドは苔に注目しており、提案を受けた関係者も盛り上がりメディアに訴求した。当初は反応が鈍かったが、あきらめずに多彩な訴求を続けるうちに脚光を浴び始め、人気プランに成長したという。苔散策は、特に雨の日の早朝がみどころだ。

 1991年に開業した前身の施設を引き継ぎ、星野リゾートが奥入瀬渓流ホテルの運営を担ったのは2005年からだ。時代の変化とともに宿泊客のニーズが変わるなか、施設とのミスマッチを感じていたという。

「奥入瀬渓流ホテルは、東北のリゾート施設としては規模が大きく189室あります。以前は大宴会場やカラオケスナックも備え、団体旅行で来られるツアー客向けの施設でした。それが現在は40代から60代の個人旅行のご夫婦が中心です。そうした顧客層と施設のギャップを解消するため、徐々に中身を見直してきました。キーワードに『渓流スローライフ』を掲げて、癒しを求め、のんびり過ごしたい顧客ニーズに合わせた施設に変えたのです」(同)

 古風だった和室を現代風の和室にリニューアルし、食事には「青森ヒバの香蒸し膳」や「石焼牛の食べ比べ膳」など地元色も打ち出した。こうした活動が評価されて宿泊客が増えていき、同ホテルの15年の売上高は17億円にまで伸びた。好調な理由のひとつには、なじみの薄かった苔を浸透させる創意工夫もあった。

 たとえば、無料プログラムの充実を図り、早朝の奥入瀬渓流で目覚めのコーヒーを飲む「渓流モーニングカフェ」や、夜には「森の学校」という奥入瀬の自然を伝える授業も開催する。多彩なメニューを用意した結果、宿泊客の約3割が、こうしたプログラムに参加するようになった。

●1年中「夏祭り」で訴求する青森屋

 青森の自然で訴求する奥入瀬に対して、青森の文化で訴求するのが「青森屋」(同県三沢市)だ。その代表例が施設内のレストラン「みちのく祭りや」だろう。

 同レストランでは、毎夜イベントが行われる。「青森ねぶた」「弘前ねぷた」「八戸三社大祭」「五所川原立佞武多(たちねぷた)」の青森四大祭りをテーマにした催しで、実際に使われた山車も用いたショーが始まるのだ。司会者は津軽弁で挨拶し、それを見ながら宿泊客が取る夕食は、青森の旬の食材を5段せいろに詰め込んだ料理だ。ステージで津軽三味線が演奏された後、青森屋の従業員による祭り囃子が披露される。

 会場の宿泊客は2台の山車が練り歩くのを見ながら食事を楽しむ。こうした青森一色で訴求したショーのフィナーレを飾るのが、従業員と一緒に宿泊客も参加する青森ねぶた祭りの跳人(はねと)体験だ。「ねぶたやねぷたは、もともと青森の夏の風物詩ですが、これを1年中行うことで看板イベントに定着。リピーターも増えています」(青森屋総支配人の渡部賢氏)

 筆者が8年前に取材した当時の総支配人は、自ら毎晩、一緒に踊ることで宿泊客にも従業員にも活動を促していたが、現在は「従業員が自発的に踊るので、私が毎日率先して踊る必要はなくなりました」(同)という。従業員の意識も深まったようだ。

 一方、少し落ち着いて食事をしたい宿泊客には「のれそれ食堂」という施設もあり、割烹着を着た「かっちゃ」(おかあさん)が接客を担当する。同社の従業員がかっちゃに扮した姿は、どこかテーマパークのようだが、これも青森らしさを求める宿泊客には好評だという。

 星野リゾートには「魅力会議」と呼ぶ会議がある。その地域のよさを魅力として打ち出し、宿泊客に訴求するものだ。会議のテーマのひとつに「悪ノリする」もある。同会議も、何年も続けるうちに活発な意見が次々に交わされ、苔メンなどのアイデアにつながったという。

 実は、宮越氏は新潟県出身で、渡部氏は千葉県出身だ。

「地元スタッフにとっては当たり前の存在だった『地域の魅力』に気づくのは県外出身のスタッフが多いのですが、その魅力の深みを出すには地元出身のスタッフの力が欠かせません」(同)

 青森屋の敷地面積は約22万坪と、宮城県仙台市にある野球場の楽天Koboスタジアム宮城が17個分入る広大さだ。かつて敷地内には出雲大社など、現在のコンセプトに合わない施設もあったが「解体して引っ越していただき」(同)、のれそれ感を高めた。こうした一連の取り組みの結果、青森屋の売上高は過去5年間で約4割も伸びた。

●今後の課題は「冬の営業」

 こうして紹介すると、いいことづくめのようだが、その場所に来てもらわなければ始まらない「装置型」である青森県の施設には大きな課題がある。それは冬の集客だ。豪雪地帯でもあるため、真冬には交通機関にも影響が出る。

 特に奥入瀬渓流ホテルは、冬期には奥入瀬と八甲田山をつなぐバス便が運休となり、積雪時には自家用車での来客も激減する。そのため、毎年11月下旬から翌年4月下旬までの約4カ月半が休館となるのだ。ただし、ホテル側は「近い将来、通年営業に踏み切りたい」(宮越氏)と意欲を示す。

「現在、青森県の観光宿泊人数は年間約500万人ですが、まずこの数字を550万人にするのが官民一体で掲げる目標です。最も伸びしろがあるのは冬で、たとえば八甲田山の樹氷や奥入瀬の氷瀑といった、冬にしか見られない観光資源も多くあります。青森には大型のスノーリゾートがなく、静かな冬の温泉などもお客さまに訴求できると思います」(渡部氏)

 各地で経営破綻した旅館やホテルの再生で成果を上げてきた星野リゾートだが、業績不振から巻き返すために現場は何を考えるのか。最後に、そのヒントを紹介したい。

「リゾート施設でいえば、私は『魅力』と『機能』を分けて訴求するべきだと思います。たとえば、ITでの訴求として『Wi-Fiフリー』などを打ち出す施設もありますが、それはあくまでも機能面。非日常を求めるお客さまのご要望に、何で、どう応えるか。食事での地域色なら食材の磨き上げを行いつつ、楽しませ方が大切だと思っています」(同)

 同社の従業員は総じて若い。総支配人というと、一般には50代のイメージを持つ人が多いだろうが、今回紹介した2人は30代と40代だ。年齢がすべてではないが、運営へのバイタリティという意味では、その若さがいい面に作用しているようにも感じた。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)