ここ数年の大学医学部の偏差値上昇は異常だ。日本の優秀な学生たちが、こぞって医学部を目指すようになってしまった。公立・私立を問わず、医学部の偏差値は上昇を続けているが、とくに私大医学部の偏差値は軒並み高騰している。

「河合塾 医進塾」の『2017年度医学部入試情報』によれば、最低偏差値ラインはなんと62.5になっている。私大医学部のトップは慶應義塾大学の72.5で、これに、私の母校・東京慈恵会医科大、順天堂大などが70で続く。そして、最低ラインの62.5はというと、北里大、聖マリアンナ医科大、獨協医科大などである。

 この62.5という偏差値は、早稲田大、慶応大の理系学部の偏差値(概ね64.5)には及ばないものの、そのほかの私大理系学部のすべてを上回っている。

 以前は私大医学部の偏差値は軒並み60以下だった。なかには50を切る大学もあったが、いまや1校もない。そのうえ、ほとんどの私大医学部が、有名・難関私大の他学部の偏差値を上回るようになっている。

 ちなみに、国立大学医学部の偏差値も上昇を続けている。東京大(72.5)は別格として、これに、東北大、京都大、大阪大などが70で続く。そして、最低がなんと65.0で、弘前大、秋田大、群馬大、新潟大、富山大、鳥取大、徳島大、長崎大、琉球大など地方の国立大がずらりと並ぶ。

●異常な倍率

 偏差値の上昇とともに、医学部人気も高騰している。国立は原則として併願ができないため、ある程度の事前選別のうえで受験するのが一般的だが、私立はその傾向が弱い。その結果、倍率が極端に上がっている。代々木ゼミナールの『医学部の志望倍率ランキング2016年』によると、次のように、トップ10までがなんと倍率30倍以上となっている。

・東海大:85.7倍
・金沢医大:55.2倍
・昭和大:50.8倍
・日本大:45.7倍
・岩手医科大:40.2倍
・福岡大:36.7倍
・愛知医科大:33.6倍
・獨協医科大:31.6倍
・杏林大:30.6倍
・藤田保健衛生大:30.6倍

 1位の東海大の85.7倍という数字がいかにすごいかというと、定員たった63人に5398人もの志望があったということだ。16年の医学部全体の定員数は9262人。これに対して志願者数は14万人以上に達したという。この14万人は偏差値上昇と合わせて考えれば、みな優秀な学生ということになる。
 
 いまや、日本中のトップ学生、偏差値秀才が医学部に殺到するようになったのだが、なぜ彼らは医者を目指すのだろうか。

●医者として儲けるのは困難

 この問題に関しては、多くのメディアが取り上げている。たとえば、「週刊ダイヤモンド」(ダイヤモンド社/6月18日号)は、その理由を次のように解説している。

「医師になれば、食いっぱぐれがないことだ。その気になれば、70歳になっても働くことができるし、医師は激務とはいえ社会的地位も高く、勤務医であっても平均年収は1000万円を超えてくる。それに加えて、08年以降、有名私立大の医学部が、相次いで数百万円単位で学費を値下げし、受験しやすくなったことだ」

 それと高齢社会を迎えて、定年後に仕事があるのも大きな理由だろう。
 
 まさに、この通りだろう。ただし、これは「現時点で」という但し書きをつけなければならない。

 なぜなら、まず医者の収入は世間が思うほど高くないし、この先も高年収が続くかどうかは予測不可能だからだ。偏差値が上がり、優秀な学生ほど医学部に入るようになって、「親が医者」というぼんぼん学生が減った。昔は、こういう学生が偏差値の低い医学部に滑り込んでいたが、いまや優秀な一般家庭の学生に駆逐されるようになった。

 しかし、一般家庭の優秀な学生と親御さんは、大きな誤解をしている。親が医者か金持ちでないと、ほとんど開業医になるのは無理で、医者として儲けることは難しいからだ。

●医者という職業の将来性

 偏差値秀才は受験競争の勝ち組だから、学費が私立に比べて圧倒的に安い国公立大の医学部に行くはずだ。しかし、その先にあるのは、研修医、大学病院の勤務医で、このどちらも薄給だ。収入は一般的な会社員とそう変わらないうえに激務だ。「30歳で1000万円」がエリートコースとされるが、大学病院勤務医はこの道から外れている。

 したがって、本当にお金を稼ぎたい医者は民間病院で勤務医になるか、開業医を目指す。全国の開業医の平均年収は2500万円を超えている。また、民間病院に勤務すれば、ヒラの医者でもいきなり年収は1000万円になるところもある。

 しかし、開業医は偏差値秀才では無理だ。なぜなら、いまや人口減社会で開業医は過当競争。そんななかに入って、どこからか融資を引っ張って病院を開きたいと言っても、そんなお金を出してくれるところなどない。一般的に、開業には最低1億円の資金がいるとされるが、なんの保証もなければこの資金を出す金融機関はない。

 いまや全国の開業医の多くが、2代目、3代目、4代目になっている。病院の新規開業は減っている。

 さらに、医者の将来に追い打ちをかけているのが「スマホ診療」などの「ヘルステック」の進展だ。スマホ診療では、自宅にいながら医者の診断を受けられる。また、今後AI(人工知能)がもっと発達すれば、生身の医者の代わりに患者を診て診断を下すようになるだろう。ヘルステックが進めば、医者そのものがいらなくなる。開業医も、内科系の医者なら必要なくなるかもしれない。

●医学部に行くべきではない?

 というわけで、私は優秀な学生はなるべく医学部に行くべきでないと考えている。偏差値だけで進路を決めると取り返しがつかない。なにしろ医者になるには6年間かかる。後戻りは難しい。

 医学部人気の煽りを受けて、理工系学部に優秀な人材が入らなくなっているという。その結果、日本の「ものづくり」が人材不足で衰退してしまうのではないかと言われ出した。

 難関校として知られる灘高校では、東京大理1合格者が年々減っているという。2000年代半ばまで40人台半ばだったが、いまや30人がやっとで、その代わり医学部進学者が急増したという。なんと、15年は卒業生の43%、95人が国公立の医学部に合格したというから驚く。これでは、日本の将来が危ぶまれる。
(文=富家孝/医師、ラ・クイリマ代表取締役)