生まれも育ちも熊本で、社会人になってから五島で起業をするという先輩と一緒に島にやってきた鍋島崇暢さん。島にきたはいいものの、親しい友人も出来ず、仕事の後にやることが見つからない毎日。今出来ること考えた末に出た結論が「運動しかないやろ!」。五島で行われているトライアスロンに連続出場したことで、島に溶け込むことが出来たのです。(ボクナリ 美谷広海)


  鍋島さん(左)と樋口さん
水泳の北島康介選手によく似た風貌の鍋島さん。

全日本ラリーに上位入賞するも、金銭的なハードルからラリー選手への挑戦をあきらめるという挫折を味わっていたときに頼りにしていた先輩が五島でビジネスを始めるときき、「あの人についていけば何かある」と思い切って島に渡ってきました。

ただ、最初の数年は周囲に知り合いもなく、「結構ブルーで、しょっちゅう熊本に帰っていた」そうで、ダイエットもかねて毎朝10キロ走ることにしたのです。三ヶ月で10キロやせ、島を2週するトライアスロンの大会があると聞き「俺もできるやろ」と思って参加したのです。

トライアスロンがきっかけとなり、島出身で造園業の三代目社長を務める樋口浩二さんと知り合い、島の人との交流が広がりました。

ともに30代半ば。昨年のトライアスロンの大会アイアンマン・ジャパンでは、鍋島さんが250位。樋口さんが260位。二人は常に競り合っていて同じくらいのレベルで勝ったり負けたりしている良きライバル同士なのだそう。

鍋島さんに五島に来ることを迷わなかったのか?と尋ねてみると、「人生あっという間。なんかしないとすぐ終わっちゃいそう。迷っても1、2年だし、決断は早いほうがいいと思っていました」とのこと。考えるよりも行動してしまうことで人生を切り開くタイプなのかもしれません。

二人を結びつけたトライアスロン大会も、決して順風満帆ではないようです。島興しの意味もあり始まった大会ですが、鍋島さんの「トライアスロンでみんながいつか行きたいといのが宮古島。五島ではないんですよ。宮古島は倍近い人が参加しているし、地元の選手も100名近くが宮古島ではでているんです」という言葉からは、もっと地元の人が参加して欲しいという気持ちがにじみ出ていました。

「雇用の問題を考えると地方は厳しい。給与が低いから土日も働く。共働きも多いから子供の環境も都会と一緒で悪くなっているんです。でも、この島に恩返しをしたいんです」。二人のアイアンマンは、そう力強く語ってくれました。二人の出会いを生み出したように、トライアスロンの輪が広がっていくと盛り上がるのかもしれません。


僕らの島生活
日本は7000近くの島で形作られ、本州などを除く離島のうち約400島に人が暮らしています。海に囲まれた小宇宙のようなコミュニティに残った独自性 は、画一的な大量消費から多様性が重視される時代の変化の中で魅力を増しています。離島をただ旅をするのではなく、島に生きる同世代の男性を訪ねてさまざ まな島の姿を紹介していきます。

美谷 広海(みたに・ひろうみ)
1975年フランス生まれ。小学校は富山、中高をギリシャで過ごす。引っ越し歴14回。大学在学中に佐渡島で能を演じる高校生を取材し、飛騨高山ドキュメンタリー映像祭入賞。2006年8月からブログ「世界を巡るFool on the Web」を開始。現在、IT企業の国際展開を担当。世界各地を転々としながら創作活動を続ける村上春樹的ワークスタイルが目標。


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