小説「檸檬(れもん)」で知られる作家梶井基次郎(一九〇一〜三二年)をしのぶ伊豆市湯ケ島温泉での檸檬忌が、一九七一(昭和四六)年の第一回から十回程度続いたことが、出席していた元編集者への取材で分かった。檸檬忌は今年七月に十六年ぶりに復活したが、元編集者は檸檬忌が続くよう期待している。
 埼玉県新座市の勝呂睦男(すぐろむつお)さん(74)は、かつて大手出版社で文学全集を手掛けた。七〇年代は梶井基次郎も担当しており、梶井が二十代に結核療養で長期滞在した湯ケ島の湯川屋(二〇〇四年休業)に通った。当時の湯川屋主人の安藤公夫さんが七一年十一月、旅館の向かいの高台に私費を投じて建てた梶井基次郎文学碑の除幕式があり、六十人が参加した。直後の慰労会で「年に一度、碑の前に集まる会をつくろう」と檸檬忌が始まったという。
 勝呂さんが大切に保管している除幕式の写真には、安藤さんや、梶井が作品を発表した雑誌「青空」の同人らが写っている。二回目から五月開催になった湯川屋での前夜祭に数十人が集った様子もある。安藤さんが七八年に出版した「梶井基次郎と湯ケ島」(今年六月復刊)に写真を提供しており、あとがきには勝呂さんの名前が謝辞とともに残っている。
 安藤さんの著書によると、檸檬忌の参加者は梶井の親族や雑誌同人、若い梶井文学愛好者ら。毎回五十〜六十人が集まった。前夜に湯川屋に宿泊し、親族や同人は生の梶井像を語り、若者は梶井文学への所感を述べた。翌朝に文学碑の前で、湯川屋が作った煮しめなどをさかなに竹に入れた酒を酌み交わしたという。
 檸檬忌が何回続いたかの記録は湯川屋にも残っておらず、いつの間にか途切れた。二〇〇〇年に一度復活し、今年は十六年ぶりだった。
 勝呂さんは「前夜祭が楽しみで十回は出た。梶井を直接知る人から飲みながら話を聞いて盛り上がった」と当時を振り返る。今年の檸檬忌に参加できなかったが、「梶井基次郎は僕の人生で最も楽しかった頃の思い出とともにある。来年も檸檬忌があれば行きたい」と話す。
 今年の檸檬忌を主催した井上靖文学館(長泉町)は、来年も継続しようと方法などを検討している。
(築山英司)