今週24日から東京・渋谷のユーロスペースで公開されたのを皮切りに、全国順次ロードショーとなるドキュメンタリー映画『将軍様、あなたのために映画を撮ります』。1978年に韓国の国民的女優とその夫である映画監督の二人が北朝鮮に拉致され、映画を作ることを命じられたという、衝撃的な事件を取り上げた作品である。

将軍様、あなたのために映画を撮ります

(C)2016 Hellflower Film Ltd/the British Film Institute

シン・サンオクとは?

今回は、この作品で描かれるシン・サンオク(申相玉)という映画監督について紹介したい。現代韓国映画の発展に大きく貢献した監督であり、図らずとも世界にその名を知られることとなった名匠の存在が、日本ではあまり知られていない印象を受けたためである。

1926年に裕福な家庭の末っ子として生まれたシン・サンオクは、子供の頃から近所の映画館に通いつめ、韓国映画黎明期の巨匠ナ・ウンギュの作品から、チャップリンやD.W.グリフィス、日本の時代劇などを観て育つ。そして現在の東京芸術大学の前身である東京美術専門学校に留学したのち、帰国して高麗映画社に入社。チェ・インギュの『自由万歳』で映画界入りを果たすのだ。

自ら制作会社を起こし、1952年に26歳の若さで監督デビューを果たした彼は、1954年に制作した『コリア』で、チェ・ウニ(崔銀姫)と出会い、結婚。その後コンスタントに作品を発表し国内で高い評価を得る。当時の韓国映画界といえば、彼と同じくチェ・インギュの現場を経験したハン・ヒョンモや、『下女』などで知られるキム・ギヨン、『誤発弾』のユ・ヒョンモクらがおり、その錚々たる顔ぶれの中でも名実ともにトップクラスの人気を博したのである。1958年の『ある女子大生の告白』の興行的な大成功で脚光を浴びると、1962年には韓国政府主導の映画賞である大鐘賞の第1回で、主要部門を含む13部門を自身の作品3本で総なめにする。その3本は、作品賞をはじめ8部門を受賞した歴史大作『燕山君』、妻のチェ・ウニに主演女優賞が贈られた『常緑樹』、そして監督賞と脚本賞を獲得した『離れの客とお母さん』である。

『離れの客とお母さん』

日本では劇場公開されずにテレビ放映に留まった本作は、韓国映画が世界に進出するきっかけとなった作品である。主人公の少女を演じたチョン・ヨンソンが、当時6歳で第12回ベルリン国際映画祭の銀熊賞(新人賞)に輝き注目を集める。そして、韓国映画で初めてアメリカ・アカデミー賞外国語映画賞にエントリーした作品でもある。夫と死別した、チェ・ウニ演じる〝お母さん〟と、ハン・ウンジン演じる〝おばあちゃん〟と共に暮らす6歳の少女オッキと、同じく夫を亡くした家政婦。彼女たち四人が暮らす〝寡婦の家〟と呼ばれる家に、オッキの父親の友人だったハン・ソノが間借りをすることに。実の父親の顔を知らないオッキは、ハン・ソノを慕うようになる。一方、〝お母さん〟とハン・ソノは互いに惹かれ合うようになるが、世間の目を気にして互いの気持ちを伝えられずにいた。そんな矢先、〝お母さん〟に再婚の話が持ち掛けられるのであった。

冒頭から、オッキが観客に自分の境遇や家族について紹介する語りから始まる本作。全体を通してこのオッキの目線から物語が進行するので、メロドラマでありながらも、暗くなりすぎず、温もりが失われないのが魅力的だ。ラストショットの爽やかな画面に、ショパンの前奏曲第7番の音色がマッチして、40年代頃の松竹の人情ドラマをも想起させる。大スターであるチェ・ウニや、キム・ジンギュをはじめ、人気役者が共演しているので、当時としてはオールスターキャストの感動作という位置付けだったのだろう。それなりのヒットを飛ばしたことも頷ける。

残念ながら前述の通り日本公開はされず、日本でもソフト化がされていないが、以前もこのコラムで紹介した、韓国映像資料院提供のYouTubeチャンネルで英語字幕付きで公式に配信されている。このチャンネル内では、現在、14作品のシン・サンオク監督作品が鑑賞可能となっており、日本でレンタルVHS化されている『常緑樹』のほか、『同心草』や『ロマンス・パパ』などの傑作も鑑賞可能である。

北朝鮮での映画制作、そして亡命

こうして韓国映画界を牽引するスター監督となったシン・サンオクが、1978年にチェ・ウニが行方不明になった事件を受けて捜索にあたる最中、北朝鮮によって拉致された一連の事柄は、『将軍様、あなたのために映画を撮ります』を観ていただければわかるだろう。北朝鮮に渡った数年間で、17本の作品を制作したシン・サンオク。その中で最も有名な作品は、大作怪獣映画『プルガサリ 伝説の大怪獣』である。

『プルガサリ 伝説の大怪獣』

朝鮮民話を題材にして作り上げられた本作は、とにかくそのスケール感に圧倒される。もちろん、現代のCG技術と比較してはいけないが、日本から招かれた中野昭慶ら特撮のスペシャリストの力が遺憾なく発揮され、政治的な視点を除きニュートラルに見つめれば、実に見事な特撮映画に仕上がっている。(脚本や編集の粗などが気になる人にはあまり向かないだろうが)

ミニチュアの精巧さと、何万人ものエキストラによって実現できた群衆の場面に、破壊シーンの数々。95分の短い作品でありながら、見せ場があまりにも多く、観客を飽きさせることはない。

85年に制作されてから、長いこと封印されて幻の映画と言われていた本作が日本で公開されたのは98年。今ではレンタルDVD化もされて、すっかり幻の映画だった記憶が薄れつつあるが、こういう映画が容易に観られるというのは実にありがたいことだ。

ちなみに、本作は2000年に韓国でも公開された。ちょうどその頃、韓国では『怪獣大決戦ヤンガリー』という韓米合作の怪獣映画が作られており(オリジナルは60年代に大活躍したキム・ギドク監督の『大怪獣ヨンガリ』である)、そちらと続けて観てみるのも面白いだろう。

北朝鮮からの亡命後は、ハリウッドに渡ってサイモン・シーンという名義で『クロオビキッズ/夏休み決戦』などを監督したり、『プルガサリ 伝説の大怪獣』をリメイクした『ガルガメス』をプロデュースしたりと、晩年まで活躍を見せた。21世紀に入り、韓国映画が世界中の映画祭で注目されるようになったり、国内でヒットメーカーとなったパク・チャヌクやキム・ジウンがハリウッドに渡るようになったわけだが、そのすべての祖はシン・サンオクだったのである。

(文:久保田和馬)