『回路』(2000)、『岸辺の旅』(2015)などホラー&スリラー映画の名手・黒沢清監督が初めてフランスで撮り上げた映画『ダゲレオタイプの女』でプロデューサーを務めたフランス在住の吉武美知子が、黒沢作品が圧倒的にフランスでウケる理由を語った。

 『回路』で第54回カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞を、『岸辺の旅』で第68回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門・監督賞を受賞するなど、黒沢監督はすこぶるフランスで人気が高い。そこで黒沢監督にフランスで映画を撮ることを提案したという吉武にその理由を尋ねると「フランスの権威ある日刊紙、ル・モンド紙の映画評論家、ジャン=ミシェル・フロドン氏が東京国際映画祭で『CURE キュア』(1997)を観て『黒沢清というすごい映画作家が日本にいる!』と書いたことに端を発するようです。その後、パリのフェスティバル・ドートンヌ・ア・パリ(秋の芸術祭)で上映され、『CURE キュア』以降の黒沢さんの長編作品は全て劇場公開されています」という。

 さらに、「フランスでの評価が目立つのは、フランスが元来シネフィル(映画ファン)の国であり、映画作品ならびに映画作家を発掘し育てる映画評論の歴史があり、映画が文化として一般の人の生活の中に定着し、映画作家を尊重する風土がある」といかに、映画がフランスで根付いているものなのかを説明する。しかし、映画の浸透に差はあれど往々にして大ヒットするのは日本と同じく「わかりやすい」映画だという意外な事実も。

 フランスでは、「特にコメディーが絶対人気です。フランス的だなと思うのは自嘲的な笑いが大ウケするところ」と観客の嗜好を分析する一方で、吉武は「ただ、そういうタイプの映画では満足しない層が厚いので、日本でいうところのミニシアター系の観客の数は比較になりません。黒沢さんの『贖罪』は16万人動員しています」と観客層が幅広いことを強調する。

 黒沢監督がフランスで映画を撮るというウワサはたちまち業界にも広まり、『スタッフに使ってほしい』『メイキングを撮らせてくれ』といったラブコールが殺到したそう。その黒沢支持者の一人が、『息子のまなざし』(2002)などダルデンヌ兄弟作品の常連俳優オリヴィエ・グルメ。名優として知られる彼だが、「撮影初日がいきなりドゥニーズ(亡き妻)の亡霊につきまとわれるシーンで『気が変になりそうだ』と言っていました」とユニークなエピソードも。そして『007/慰めの報酬』(2008)などのマチュー・アマルリックはわずかなシーンながら「あなたの映画に出演することが大切なんだ」と言わしめ、友情出演が実現した。黒沢監督は、俳優を信頼して(演技プランは)おのおのに任せるスタンスのため、「逆に役者さんが戸惑うこともあり、役者さんからの質問や提案に監督は真摯に耳を傾け、また作品に反映されました」と撮影現場を振り返った。

 最後に、「黒沢さんの映画演出は凡人の予想を超えます。本作でもマジカル・モーメントはいくつもありましたが、特に感銘を受けたのは、運命のいたずらで犯罪を犯してしまう主人公ジャン(タハール・ラヒム)の心をマリー(コンスタンス・ルソー)が異次元パワー(?)で癒やすシーンです」と吉武イチオシの名シーンを挙げ、唯一無二の黒沢ワールドをアピールした。(取材・文:石井百合子)

映画『ダゲレオタイプの女』は10月15日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国公開