グリーンに被われた大地に残されたもの

写真家の在本彌生さんと北海道の道央エリアをめぐりました。畑も山も緑に被われ、活気ある自然の息吹を感じます。

在本さんの視点はチャーミングで美しく、するどくそのまちにしかない風景を切り撮ります。旅を重ねるごとに、膨大な読書量で得た深い知識を携えてくる彼女との旅は、いつも刺激的。

そんな今回の旅でおもしろかったのは知らなかったこの土地の歴史に遭遇したこと。何百年前の生物の化石や洞窟画に加えて、激動の昭和を生きた人々の暮らしの軌跡。時空を超える出合いが各地に眠っていました。

そして、短い夏にこそさまざまな作物と向き合う生産者たちとの出会いも。余市のワインに野菜、果物、魚介にブランド牛まで!やはり北海道の旅に、おいしいものは欠かせません。いざ、道央の旅へ。

1 時の流れを見つめる旅

初夏の道央を巡った。この地にいた間、時を大きくまたいで旅をしていた。自然の力が長い長い時間をかけてつくり上げたもの、この土地で古代から育まれてきたもの、人が生きていく上でより便利な生活のため育まれたもの、それらが時代を経て変化していった様、そして変わらず残るさまをたくさん見た。

しかも、続縄文時代、或はもっと前から現在までと、その時間の幅がとてつもなく広い。北海道が広いのは本当によくよくわかって来たが、土地の見せる歴史の姿が、人間の棲むようになる前の時代にまでさかのぼるのがとてもおもしろい。

人の手が作った土器、矢じり、などの道具はすでに今の道具とさほど変わらない形だ。素敵なデザインでちょっとほしくなったりする。特大サイズのアンモナイトの化石が、ごろごろ見つかる三笠市は、遠い昔海の底だったことを我々に示してくれる。大地の下、山の層の中から時代のかけらが顔をのぞかせるなんてミステリアスで楽しい。フゴッペ洞窟の刻画、ストーンサークル、登別地獄谷の煙、モエレ沼公園の三角形の山、喫茶店のテーブルの落書き、炭坑住宅の赤い屋根……そんなものに遭遇すると、自然と興味をそそられて、近づいてこの眼で確かめたくなる。

遠い昔、近い昔に、生き物としての私たちの記憶のなかに、それらが確かに刻まれ引き継がれて来たからだろう。それらと対峙したいつかの光景を、私たちが思い出すからなのだろう。日本の国の中で、こんな時間の旅を楽しめるのはうれしい。

2 地物の力強さを感じる旅

北海道を巡るには、いくつ胃袋があっても足りない、いつもそう思う。地物の味がどこまでもおいしいので、味わいたい食材、試したいひと皿、そして美酒がいくらでもあるのだけれど、人間の胃袋には容量と消化する力の限界がある。だから何度も来て、また違う味を試さなくてはならない。でもそれ以上に、一度知ってしまった味をなぞりたい舌の欲求もかなえなければならないから大変だ。

滝川町では男前な料理人たちがつくる見事な料理に遭遇した。〈プティ・ラパン〉はフレンチ、〈鮨おくの〉は寿司とジャンルが異なるが、このまちでこんなにおいしく、堅実で、進化と工夫があり、その上美しい料理に出合えたことがうれしく、驚きが大きかった。

滝川は、かつて炭坑町として栄え、大きな歓楽街も大変にぎやかだったという。美唄のまちもしかり。昔から若者のたまり場の喫茶店〈ぐうりん亭〉で見たチョコレートパフェ。その正しき姿に、店の内装と同じく強いノスタルジーを感じた。あらゆる土地から人が集まり、文化が寄せられて、それらがそれぞれの土地で新たに育まれたのだろう。つくりの美しいクラッシックなホテルがあったりするのもその頃の名残だそうで、そんなまちの独特の個性になっている。

野菜、果物、穀類の生産者たちの姿勢も素晴らしい。おいしいものを厳しい自然とともにつくっていくのは大変な苦労を伴うはずだが、安全でたくましい作物をつくるために働く生産者の皆さんの、日に焼けた笑顔は本当に美しい。自然と一緒に働き生活をともにする人々は、ほのかに野性味を帯び、肉体的にも精神的にも洗練されている。たくましさと美しさがその姿に刻まれるのだろうと思う。

写真・文 在本彌生

photographer profile

Yayoi Arimoto

在本彌生

フォトグラファー。東京生まれ。知らない土地で、その土地特有の文化に触れるのがとても好きです。衣食住、工芸には特に興味津々で、撮影の度に刺激を受けています。近著は写真集『わたしの獣たち』(2015年/青幻舎)。yayoiarimoto.jp

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