『内在の風景-Immanent Landscape』ウェストスペース/メルボルン

3年に1度開催され、現在開催中の国際芸術祭〈あいちトリエンナーレ2016〉。3度目となる今回は、名古屋市、岡崎市、豊橋市で開催されています。参加アーティストや広報チームが、その作品や地域の魅力を紹介していくリレー連載です。

はじめに

はじめまして、佐々木愛です。あいちトリエンナーレでは豊橋会場で壁画作品を展示しています。これから2回に分けて、作品のこと、滞在制作のこと、豊橋会場のことなどを書いていこうと思います。まずは自己紹介を兼ねて、私のこれまでの作品や制作について少し。

私は「物語や神話など人の“記憶”からインスピレーションを得た世界と、現実の世界の交わる情景」をテーマに、壁画や絵画、版画など、平面作品を制作しています。なかでも、トリエンナーレでも発表している砂糖(ロイヤルアイシング)を使った壁画作品は、ここ10年ほど積極的に発表してきました。

『残された物語』ロイヤルアイシング 2012年/開港都市にいがた水と土の芸術祭(撮影:山本糾)

『four songs』キャンバスに油彩 2014年/ベルナールビュフェ美術館(撮影:山本糾)

壁画作品はその場所ごとに制作するので、そのほとんどが展示場所に滞在して制作します。作品サイズは10メートルを超えるものが多く、1か月から3か月ほどの滞在になることもしばしばあります。作品を展示する土地をテーマに制作するために、いつも滞在先を訪ねるところから制作が始まります。そして、古いお話や伝統文様、固有の植物など、その土地にまつわるさまざまなものを少しずつ集めて、自分と土地との距離を徐々に縮めながら、私なりの新しい物語を見つけていき、新しい風景を描きます。

砂糖を使用した壁画作品は、限定された期間のみ展示し、会期終了後には取り壊され、鑑賞者の記憶にのみ残されます。これまでも国内では青森、京都、新潟、静岡、長野、福井など、海外では、韓国、ニュージーランド、オーストラリアなどで滞在制作を行いました。

『まどろみ』キャンバスに油彩 2013年

『mist』銅版画 2010年

始まり、ひとつ目の旅

日頃制作している作品と、芸術祭で展示することに向けて制作する作品とでは、始まり方が少し違います。依頼を受けて制作する際には、まず依頼主(キュレーター)と会って、話すところから始まります。そして、芸術祭全体のテーマや土地の歴史、まちのこと、私の過去の作品のことなどを話しつつ、作品の方向性を考え、それに合った展示場所を探します。

通常、展示会場候補となる場所がいくつかリストアップされており、作家はその中から選ぶのですが、時には展示場所から探すこともあります。美術館やギャラリーで発表することとは違う、芸術祭ならではのおもしろいところです。

開催地訪問初日は、「どんな作品にしようかな? 展示場所はどこがいいかな?」とぼんやり考えつつまちの名所や歴史的建造物、人の暮らしが見える商店街などを歩きます。このときはまだ作品の方向性も決まっていないので、「おや?」と興味を惹く“何か“に出会うことをうっすらと期待しつつ、特に何も決めずにいろいろな場所を見て回ります。その後、私個人の作品のテーマを決め、そのためにリサーチし、作品制作のスケジュールを立て、それに必要な道具、人、予算などを決めていきます。

リサーチは、まず本の旅から

旅の前には、その地域の昔話や伝説、歴史などの本を読んだり地図を見たりして、想像を膨らませ、作品のきっかけを探します。特に昔話には、その土地の地形や気候ならではのエピソードが語られていることも多く、測量された地図とは違った、人の記憶や心がつくり出した地図が見えてくるように感じていて、とても好きです。

今回も昔話や妖怪話(なぜかお化けの話が多かったです)などいろいろ読んでみました。その中でも、豊橋の旅の参考になったのは、豊田珍比古著の 『東三河郷土雑話』。この本では、豊橋周辺では昔、養蚕が行われており、その絹糸が伊勢へ献上されていることに触れられていました。絹の道? なんとなくそのことに惹かれ、ふたつ目の旅は豊橋の絹糸が伊勢、奈良に運ばれた道をたどることに決めました。

旅が旅を呼ぶ? ふたつ目の旅

まだ少し肌寒い4月の上旬、私が住む大阪を出発し、奈良―伊勢―神島(三河湾)―伊良湖岬を経て豊橋に向かうリサーチ旅行に出かけました。絹が運ばれた道をたどる旅です。

絹糸を奉納していた伊勢神宮を訪ね、鳥羽へ、そしてフェリーで古代海上交通の要衝の地であった神島へ。神島は徒歩でまわっても1時間少しの小さな島で、その日はお天気もよかったので、次の船の時間までゆっくり1周しました。

特に観光シーズンでもない微妙な季節にひとりで歩いているので、出会う人みんなに声をかけられます。画家(現代美術家という言葉はあまり伝わらないことが多いので)で作品の調査で来たことを告げると、なぜか私は三島由紀夫(神島は小説『潮騒』の舞台になった場所)に憧れてこの島にやってきた小説家を目指す人と解釈され、励まされることに……。きっとこれまでもたくさんの小説家の卵が訪ねてきたのかなぁとしみじみ思いつつ、誤解されたまま、島をあとにしました。

神島から再びフェリーで三河湾を渡り渥美半島へ。伊勢神宮の〈神御衣祭(かんみそさい)〉にちなんで行われる祭り〈御衣祭(おんぞまつり)〉が行なわれている伊良湖神社を訪ね、その後、バスで田原市へ。

豊橋へ向かう途中に立ち寄った渥美郷土資料館は半島の歴史、地形の成り立ち、当時の人々の暮らしなど、小さな資料館でありながらとても充実した内容の展示で、次のバスの時刻までのかなり長い時間、資料館でゆっくり過ごしました。

その中に、かつてこの地域は塩の一大産地であったことを示す展示があり、渥美半島一帯で出土した土器や、製塩の歴史についても詳しく書かれていました。絹を運ぶずっとずっと昔から、塩を持って、人は遠くの土地まで旅をしていたのです。どこまで塩は運ばれたのだろう? そのとき、人はどんな風景を見ていたのだろう? 絹の道を追って始まった旅は、このあと、塩をめぐる旅へとつながることになりました。

人の移動の始まり、再び本の旅

資料館で製塩土器を見てから、塩のことがとても気になって、そのことについて、もう少し詳しく調べることにしました。古墳時代には渥美半島では塩が生産されており、奈良時代ごろには各地に運ばれるようになり、そのために人が移動し、道ができ、のちに街道へとつながっていくのでした。芸術祭のテーマである人類の移動、旅、ともリンクするこのエピソードを中心に私は作品を考えていこうと決めました。

そして再び、渥美半島の製塩にまつわることを探してみることにしました。どのようにして製塩が始まったのか、流通網はどの辺りまで達していたのかなどなど、興味は尽きません。本など、資料を見るうちに、渥美半島における古代の塩の道は現在、海岸線などに消えており、たどることは難しいことがわかったのですが、土器が出土した窯跡や、博物館などを訪ねつつ、動植物の観察も兼ねて、渥美半島をもう一度ぐるっと周ることにしました。

3度目の旅

古代の塩の道は現在なくなってしまっているので、残された窯跡、渥美半島の植物などを見学する旅と決め、3度目のリサーチへ。古墳時代の窯跡はほとんどが畑や森になっていて、昔の様子を想像することは難しいのだけど、前回とは違う気持ちであらためて景色を見つつ進んでいきます。今回は植物の観察も兼ねていたので、湿地や山など、この地域ならではの植物が群生する場所にもたくさん立ち寄りました。

塩の道―始まりの道

本や資料などを見ていくと、塩の運ばれた道は、西は奈良(平城京)へ、東は長野の松本、新潟の日本海側まで続いていたようだということを知りました。船で、徒歩で、または牛や馬とともに、その時代の人たちが歩きながら見た風景はどんなものであったのだろう? そんなイメージを持って、渥美半島を中心に西へ東へ移り変わる動植物や船をモチーフに、塩の道の風景を作品にしようと決めました。5月のはじめ頃、ようやく制作の道が始まりました。

次回はその制作や豊橋のまちについて、綴っていきます。

information

あいちトリエンナーレ2016

会期:2016年8月11日(木・祝)〜10月23日(日)

主な会場:愛知芸術文化センター、名古屋市美術館、名古屋市内のまちなか(長者町会場、栄会場、名古屋駅会場)

豊橋市内のまちなか(PLAT会場、水上ビル会場、豊橋駅前大通会場)

岡崎市内のまちなか(東岡崎駅会場、康生会場、六供会場)

http://aichitriennale.jp/

writer profile

Ai Sasaki

佐々木愛

ささき・あい●1976年大阪府生まれ。アーティスト。土地固有の神話や物語などに着想を得て、動植物を色鮮やかに描き出すドローイングや油画などで知られる。ロイヤルアイシングという砂糖細工技法による壁画制作を各地で展開。