〈HOTEL NUPKA〉(ホテルヌプカ)の坂口琴美です。連載も第3回目となりました。

2016年8月末に北海道・東北地方を直撃した台風10号は、十勝全土にこれまでに経験したことがない大きな爪痕を残しました。自然の保水量を超えた豪雨で川が溢れ、交通インフラが破壊され、基幹産業の農業は多大な被害が生じ、そして貴重な命が失われました。いまだ完全な復旧に向けた道筋が見えない状況です。被害に遭われた多くの方にお見舞いを申し上げます。 HOTEL NUPKAのスタッフ一同も、地元再興に向け今できることを取り組んでいきたいと思っています。

これから十勝の秋は深まり、やがて冬の季節を迎えます。雪の広がる十勝平野、澄んだ空は青く、夜は星空が広がります。農作物の恵みとおいしい食べものを楽しみに、たくさんの方が訪れますように。NUPKAで、十勝の旅のお話をお聞かせください。

十勝のクリエイターたちとの出会い

ホテルは泊まって眠るだけの場所ではない。旅行者と地元で暮らす人が交流する「まちをつくるホテル」でありたい。そんな私たちの思いを受けとめ、東京の〈UDS株式会社〉の皆さんが提案してくれたのは「Urban Lodge」というコンセプトでした。(vol.2参照)

「十勝・帯広の市街地の真ん中にあるホテルが“まち・ひと・もの・こと・場所”をつなぎ、コミュニティが生まれ発信される拠点」=「Urban Lodge」

世界中から旅人に訪れてほしいと自信をもって思える普遍的なコンセプトだと思いました。一方で、これからつくりだすホテルとしての場所や空間は、世界でここだけにしかない十勝を感じるものにしたいと私たちは考えました。

今回は、そのような私たちの願いを受けて止めて、「十勝を感じる」場所づくり・空間づくりに力を貸してくれた地元十勝の魅力的なクリエイターの皆さんをご紹介しようと思います。

十勝のアウトドアの魅力を、空間リノベーションに結びつける

最初にご紹介するのは、十勝で造園業を営む川井延浩さん。旧〈ホテルみのや〉の土地と建物を、NUPKAのしかけ人である柏尾哲哉さんが取得した2014年3月、川井さんが経営する〈かわい造園〉のブログのなかで、事務所の敷地内で「冬キャンプ」を楽しむ様子が紹介されているのを柏尾さんは見かけました。

かわい造園のWEBで紹介されていた冬キャンプの様子。一番下の写真は氷でできたキャンドルライト。

「十勝の極寒の冬にキャンプで一夜を過ごすなんてありえない」と思いながら、清々しい冬の十勝の空気のなかで、焚き火や食事を楽しむ写真には、これまで見たことのない楽しい様子が表れていてとても気になりました。その当時、川井さんと柏尾さんはまだ1、2度会ったことがある程度の面識でしたが、柏尾さんは川井さんに連絡し、ブログに写っていた「キャンプ場」の見学を依頼しました。

見学の当日、その「キャンプ場」は、十勝川を見下ろす高台の森の中にありました。山から切り出した木でつくった即製のコーヒースタンドで、川井さんは温かいコーヒーを入れて迎えてくれました。お湯は焚き火で沸かされたもの。静寂に包まれる森の中で、ポータブルスピーカーから心地よいBGMが流れ、冬の澄んだ青空の下、雪の白さが際立ちます。屋外なのに、家の中にいるような居心地のよさ。十勝の豊かな自然を生かしたインテリア空間を川井さんはつくっているのだと感じました。今では流行りとなった「グランピング」という言葉も当時は知らないまま、川井さんは本能的に十勝の自然を解釈し、表現していたのです。

川井さんのキャンプ場を見学したときの様子。川井さんは、その後〈moreu〉(モレウ)という私設キャンプ場をオープンしました。

川井さんがつくり出した十勝サロンアネックスの室内空間

HOTEL NUPKAがオープンする1年半前の2014年9月。実験的に、旧〈ホテルみのや〉の1階部分を改装し、イベントスペース「十勝サロンアネックス」をオープンしました。私と柏尾さんは、その改装工事のディレクションを川井さんにお願いしました。造園業を本業とする川井さんにとって室内空間のプロデュースは初めて。「僕でいいのですか?」と聞かれましたが、私たちは、川井さんこそが中心市街地で十勝らしさを表現してくれると信じていました。

川井さんは、設計図面を作成して工事を進める方法をとりませんでした。毎日現場に入り、空間の構造や質感を確かめます。でき上がりのイメージが固まるまで待った後、十勝の自然素材を使って、内装から家具まで一気に新しい空間をつくっていきました。

川井さんいわく「最後の3日間は“ランナーズハイ“の感覚だった」とのこと。「現場に行くのも、そのことを考えるのも楽しくてしょうがない。そして、アイデアも浮かんでくる」と川井さんは自身のブログで振り返っています。

ミズナラの木のテーブルをホテルづくりのモチーフに

川井さんがつくってくれた空間と数々の家具など。そのなかで、もっとも川井さんらしさを感じたのが、ミズナラの木でできた一枚板のテーブル。山から切り出したミズナラの素材に最小限の加工ですてきなテーブルができあがりました。木材の一部が腐食して陥没していたのを、森で集めたドングリを詰めて意匠化して積極的に生かすアプローチが象徴的です。

2015年秋から建物全体のリノベーション工事が始まりました。UDSチームとも話し合い、川井さんがつくってくれたこの一枚板のテーブルを、十勝らしさを表現するロビーのモチーフとすることにしました。ホテル入口正面のラウンジエリアにこのテーブルを配置。その奥にノルウェーのヨツール社製の薪ストーブを置き、川井さんが十勝の土を用いた土壁をつくってくれました。寒い十勝の冬でも、ゲストがストーブの前で暖をとり、十勝の自然を感じながらくつろげる空間。

UDSチームが提案してくれた洗練された都市機能を備えたリノベーションと、川井さんがつくりだしてくれた十勝の風土や自然を感じる密度の高い空間素材の組み合わせ。旧ホテルみのやの築40年以上の建物を生かし、世界にここでしか存在しえない〈HOTEL NUPKA〉らしいリノベーション空間ができ上がりました。

思いや価値観を伝えるグラフィックデザインの重要性

次にご紹介するのは、SA+O(エスエープラスオー)を主宰するグラフィックデザイナーの佐藤史恵さん。広大な十勝平野を見守るようにそびえ立つ日高山脈を形どった、一度見たら忘れられないHOTEL NUPKAのロゴマークは、佐藤さんのデザインです。

グラフィックデザインは、ヌプカという場所で提供される価値、そこに込められた私たちの思いを受け止め、伝えてくれる重要なコミュニケーションツールです。ヌプカでの滞在体験をより濃密なものとし、あるいは、ネットやSNSを通じて、私たちの思いや価値観を伝えてくれます。リノベーション工事の準備を進める一方、十勝らしさを表現するグラフィックデザインのあり方を模索していました。

札幌での活動から生まれた新たな地元目線を生かす

佐藤さんは、十勝・幕別町出身で、現在十勝を拠点に、個人店から企業、音楽・アート関連など、さまざまなデザインの仕事を手がけています。

佐藤さんと知り合ったのは、2014年11月、HOTEL NUPKAの前身「十勝サロンアネックス」で開催された音楽イベントがきっかけでした。それ以前からも、帯広市内で見かける佐藤さんが手がけた印刷物や看板などを見て、シンプルなトーンでありながら奥行きを感じさせる佐藤さんのデザインに心惹かれ、デザインワークを依頼することができたらという想いが膨らんでいました。

また、佐藤さんは、冊子『旅粒』をライターの山本曜子さんとともに制作していらっしゃいます。ローカルにあるヒトやコトのストーリーを丁寧に掘り下げていく取材姿勢や文章力にも共感。2015年3月、ホテルプロジェクトが本格的に始まる段階に至り、私から佐藤さんに「ホテルづくりに関わってほしい」と思いを伝えました。

「正式にご相談があったとき、地元十勝で暮らす私が、どのようにこのチームに関わり、帯広では新しい試みであるこのホテルを捉え、発信していくべきなのだろうか。高校卒業後から十数年、札幌をベースにしていた私だから見える、地元人としての目線があるのではないかと思い、引き受けることを決めました」(佐藤さん)

人気のクリエイターでとてもお忙しいとお聞きしていたので、佐藤さんが引き受けてくださった時は本当にうれしかったです。

ロゴのデザインに込められた思い

佐藤さんに依頼したさまざまなグラフィックデザインのなかで、もっとも重要だったのは、ホテルの顔となる「ロゴ」の意匠。私たちのお気に入りのロゴデザインが生まれた経緯について、佐藤さんはこんな風に話してくれています。

「最寄りの帯広駅からのアクセスのよさ+古い建物を利用したリノベーションというHOTEL NUPKAプロジェクトについては、帯広では例がなく、おもしろい取り組みだと思っていました。私はまず坂口さんに、どんな場所をつくっていきたいのか、ロゴをはじめとしてどんなビジュアルイメージをつくっていきたいのかをヒアリングし、イメージを固めていくことから始めました。

そこで出てきたのが“日高山脈”というキーワードでした。

帯広や十勝に暮らす人にとってこの山脈は日常に溶け込む景色の一部ですが、一度十勝を出た私にとっても、それはかけがえのない存在となっていました。『日高山脈に囲まれた十勝にいまも残る美しい原野。ホテルを拠点として、この十勝を巡ってほしい』そのような思いで、日高山脈をモチーフとするロゴデザインをいくつか作成し、坂口さんに提案しました。そのなかで、日高山脈とそれにつながる十勝平野を円状の意匠で表現した案が選ばれました。人と人がつながっていくというイメージも連想させるもので、私自身も気に入っていたデザインでした」(佐藤さん)

ロゴから広がるデザイン展開

日高山脈ホテルのロゴをモチーフに、ホテル建物の看板や内部の各階サインなど多くのグラフィックデザインがつくられていきました。

「10年後、50年後でも飽きのこないもの、自分にとって”普通”、”ベーシック”であることを軸にデザインしています。ホテルの外観はグリーンのタイルが貼られたレトロな外壁が印象的でしたので、そのイメージに馴染むような温かみのあるサインにしました。内部サインもシンプルなデザインにしていますが、階段の階数表示のなかにロゴマークでも使っている山脈のモチーフを入れるなど、遊びの部分を取り入れています」(佐藤さん)

私たちの取り組みや思いにしっかりと耳を傾けて、佐藤さんが新しくつくり出してくれたHOTEL NUPKAのグラフィックデザイン。ホテルに滞在するゲストが、ロゴをモチーフにする看板や内部のサインなどをカメラで撮影し、Instagramに投稿している様子をほぼ毎日のように見かけます。「伝えたくなる」グラフィックデザインが、HOTEL NUPKAの存在を日々世界に広めてくれています。

十勝で活躍する魅力あるクリエイターの作品が結集

川井さん、佐藤さん以外にも、多くのクリエイターが、HOTEL NUPKAができるまでに関わってくれました。昨年2015年にホテル改装前の旧ホテルみのやの1階から5階までの全館を使って、自身初の個展を開催したアーティストの冨山太一さんは、ロビーとカフェに版画や絵画など3作品を展示。また、客室においてあるNUPKAオリジナルクッションのアートワークを担当してくれました。

“乾杯(Cheers)”のイラストが目を引くカフェバーにある黒板のチョークアートや、ホテルオリジナルのクラフトビール〈旅のはじまりのビール〉のラベルは、デザインユニットのチームヤムヤムさんに手がけていただきました。

また、東京を拠点に活動されている ALLOY 山﨑勇人さんにはNUPKAロゴをモチーフにした客室のキーホルダーを制作していただきました。

ゲストの滞在体験をより豊かなものに

多くのクリエイターが力を合わせた新しいホテルづくり。それは単に「おしゃれな空間」をつくることとは異なります。それぞれの表現者が、地元の暮らしのなかで日々感じる十勝の魅力を、自己の得意分野で表現してくれました。そこに込められた思いがホテル建物を満たし、ゲストを優しく包み込むことで、HOTEL NUPKAでの滞在体験がより豊かになるものと期待しました。

この夏、多くのゲストが十勝を訪れ、HOTEL NUPKAに滞在されました。居心地よく滞在できた旨の感想を数多くいただきました。力を合わせてつくられた新しい空間が、ゲストの心と通じ合えていることの手応えを感じています。今後も十勝の魅力を表現する大事な要素として、クリエイターの皆さんとの協働を大切にしていきたいと思っています。

information

HOTEL NUPUKA 

住所:北海道帯広市西2条南10丁目20-3

TEL:0155-20-2600

http://www.nupka.jp/

writer profile

HOTEL NUPKA

ホテル ヌプカ

2016年3月、北海道十勝平野の中心都市・帯広市に誕生したHOTEL NUPKA(ホテルヌプカ)。昭和48年から営業していたホテルみのやの建物をフルリノベーションして生まれました。「ヌプカ」とはアイヌ語で「原野」の意味。壮大な日高山脈の麓に広がる十勝平野は、自然、天候、食、文化に恵まれた豊かな土地。全国、世界から訪れる人たちを「暮らすような旅」でおもてなしするHOTEL NUPKAは、地元の人たちとも一緒に楽しい時間を過ごせる場所となるのが願いです。http://www.nupka.jp/