こんにちは、建築家の坂東幸輔です。

前回は徳島県牟岐町にある人口70人の過疎の島、出羽島(てばじま)の空き家再生まちづくりについて書きました。今回はそのつづき、学生たちがデザインした〈旧・元木邸〉の設計提案はいったいどのように実現したのでしょうか。

不便さが地域ならではの建築文化を守る

牟岐町は平成29年度を目標に出羽島の「重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)」指定を目指しています。重伝建に指定されると古民家の外観を、建物が建った元の状態に復元する工事に補助金が出るようになります。指定を受けられれば出羽島では毎年数棟ずつ建物を改修する予算を確保できることになりますが、その次に問題となるのは伝統的な民家を改修できる大工がいないということでした。

〈旧・元木邸〉の改修工事には伝統的な大工技術を学ぶ徳島の若手大工グループが参加してくれました。若手の大工にとって、これから古民家の改修が継続して行われる出羽島は貴重な練習場になるに違いありません。ぜひ、出羽島で大工技術を学んだ“出羽島大工”のような人たちが育つ場所になってくれたらと思います。

2階の床を支える梁が腐っていたため、1階を残して解体された旧・元木邸。大工さんたちは機械ではなく手刻みで木材を加工。

私が出羽島に魅かれる理由のひとつが、島が小さく車が1台もない島であるという特殊性です。牟岐港から連絡船で15分という近い距離にありながら、建築を考えるうえでのさまざまな条件が日本の一般的な場所と大きく異なります。

車が走る道路があれば、流通している建材や工場で製作した建築の一部分を運搬し、重機を使って組み立てるということが日本中どこでも可能です。それは車が通るところなら日本中どこでも同じ建物を建てることができてしまうということになり、地域性とは関係なく同じような風景ができてしまいます。

しかし出羽島では、重機が使えないため建物を建てたり壊したりすることが大変です。空き家再生をするうえでは大きな制約ですが、地域の持つ強い個性であるとも言えます。材料の調達・運搬方法や、施工のしやすさなど出羽島での合理性を追求したうえででき上がる建物はどの地域の建物とも違う建物になるでしょう。

その土地の材料を使い、その土地の職人の技術で、気候風土に合わせて建物をつくるという、かつて日本の各地でどこでも行われていた建物のつくり方を出羽島では再現できるかもしれない。そんな“現代の民家”をつくるということを目標にしています。建築家が建物だけをデザイン、設計するのではなく、地域の材料や交通、仕事といった、地域全体を再生していくことに、私は興味があるのだと思います。

多様なワークショップを通して島を知る

〈旧・元木邸〉を巡るワークショップは、基本設計ができてからも、牟岐町教育委員会の川邊洋二さんの「建物にできる限りいろいろな人に関わってもらいたい」という思いから、「焼き魚ワークショップ」「土壁塗りワークショップ」「家具づくりワークショップ」などさまざまな種類のワークショップが行われました。

川邊さんが求めるワークショップは建物を完成させるうえでは回り道をしているように見えます。学生と実施設計を行う地域の建築士さんとの間に立ってデザインの調整を行う私にとっては、コントロールの難しい要素がどんどん増えていくのでワークショップを求められるごとに不安を感じることもありました。

しかし、川邊さんが求めているものが出羽島に単におしゃれな建物をつくることではなく、島の人や学生、移住者たちが愛着をもって一緒に活動できる場と状況をつくり出すことだとワークショップを重ねるごとに理解できるようになりました。

「焼き魚ワークショップ」は地域の産業である漁業に関わる魚の調理、漁船を使ったクルージングや草刈りなどの島の困りごとを解決する取り組みを試すことで、〈旧・元木邸〉が完成した後のソフトを開発するワークショップでした。

島の主要な産業である漁業について学ぶ、焼き魚ワークショップを行った。漁師さんから鱗の取り方など調理方法を教えてもらった。

左の丸いのがキダイ(レンコダイ)、右がイトヨリ。

「土壁塗りワークショップ」では職人さんに教えてもらいながら竹小舞から荒塗りまでをやらせてもらいました。建物が完成した後も自分の塗った土壁の場所は特別な思いがします。ワークショップの参加者も〈旧・元木邸〉についての愛着を育んでくれたのではと思います。

「家具づくりワークショップ」では、〈旧・元木邸〉の完成後に使用する家具を制作しました。家具は徳島の伝統工芸である藍染めの塗料に加工したものを使い、仕上げました。

自分でも島の空き家を購入?!

余談ですが、ワークショップで出羽島に何度も通う間に、なんと私も出羽島に空き家を購入してしまいました。神山や出羽島で空き家を改修して2拠点居住やサテライトオフィスを楽しんでいる人たちを見ていつの間にか自分も古民家を手に入れたくなっていたのです。

空き家の持ち主と交渉し、土地・建物合わせて格安の値段で譲っていただくことができました。雨漏りしている屋根を直したり、畳を新調したり、水廻りを直したりという簡単な工事を行って、現在は出羽島での活動をサポートするサテライトオフィス〈HARBOR出羽島〉として活用しています。

話がそれてしまいましたが、本題に戻りましょう。これまでのワークショップを通して島の方と仲良くなった学生が、出羽島の家々には遠洋漁業で集めてきた宝物がたくさんあるという話を聞いてきました。家の中に眠っている宝物を探して、改修後の〈旧・元木邸〉で展示をしたいという学生たちの意見から「島の宝物探しワークショップ」を開催しました。

漁師さんたちが大切にしている宝物とは

ワークショップで島の方の家を訪ねると遠洋漁業の勇敢なエピソードとともに宝物がどんどん出てきます。漁師さんの宝物を見せてもらいながら、学生たちと島の宝物リストを作成しました。〈旧・元木邸〉の完成に合わせて、島の方の宝物を展示する展示箱〈てばこ〉を家具デザイナーの鴻野祐さんに制作してもらい、竣工時には島の方の船の模型を展示しました。今後は学生たちがキュレーションをして、展示の入れ替えも行ってくれるみたいです。

たくさんのワークショップを経て、平成28年8月7日に〈旧・元木邸〉は開所式を迎えました。島民から愛称を募り、新たに〈波止の家〉という名前で島の方に親しまれています。島の集会所や島暮らしを体験できるイベントなどを行う場所になっていく予定です。オープニングイベントではコンサートやカラオケ大会が行われました。これからもみんなに愛される建物になってほしいと思います。

これまでの出羽島でのワークショップを私が主体となって運営をしてきましたが、島の宝物探しワークショップ以降は私の手を離れたなという実感があります。学生たち自身で〈てばこ〉の展示企画を考えたり、出羽島の民家のカタチをした移動図書館ができたりと、若者たちのやりたいことが家具デザイナーの鴻野くんたちと連携して次々と実現するようになりました。

ワークショップがすべて終わって学生が帰りの連絡船を待つ間、島の方たちと冗談を言い合いながら、これまでのことを振り返り、島の未来を楽しそうに話していました。その様子を見ながら、出羽島では川邊さんの希望通りできる限りいろいろな人に関わってもらって建物をつくり上げることができたのだなと感じることができました。

建築家としてひとつの建物を責任持ってひとりですべてデザインするということが必要な場合もありますが、多くの人の意見を聞いてみんなで建物をデザインするということが必要な場面が増えてきます。出羽島ではそうしたこれからのデザインのやり方を実践することができました。

次回は連載の最終回、北海道浦幌町や香川県丸亀市など日本全国で行われている現在進行形の空き家再生まちづくりをご紹介します。

お楽しみに〜。

information

空き家再生に関するワークショップは随時行っています。坂東さんのウェブサイトやTwitterなどで告知しますので、ぜひご参加ください。

URL : http://www.kosukebando.com

Twitter : @kosukebando

writer profile

Kosuke Bando

坂東幸輔

京都市立芸術大学講師/坂東幸輔建築設計事務所主宰。1979年徳島県生まれ。2002年東京藝術大学美術学部建築学科卒業。2008年ハーバード大学大学院デザインスクール修了。スキーマ建築計画、東京藝術大学美術学部建築科教育研究助手を経て、2010年坂東幸輔建築設計事務所設立。京都工芸繊維大学非常勤講師。徳島県神山町、牟岐町出羽島など日本全国で「空き家再生まちづくり」の活動を行っている。主宰する建築家ユニットBUSが第15回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展(2016)日本館展示に出展。