温泉、文学、そしてアートのまち、城崎

古今東西、特別な日とされてきた満月の夜。その満月が空に浮かぶ9月17日、兵庫県豊岡市の城崎で、おいしい料理とワインとともにパフォーミングアーツを楽しむ「アートとワインと満月と。」というイベントが開催された。城崎といえば、志賀直哉の『城の崎にて』の舞台となっている、全国的に有名な温泉を有するまちだが、パフォーミングアーツはこの地でいま、温泉並みに“ホット”なトピックなのだ。

羽田空港から伊丹空港で乗り継ぎ、コウノトリ但馬空港へ。豊かな緑と円山川の緩やかな流れを横目にバスで40分ほど走ったところに、突如広がる温泉街。しだれ柳が揺れる川沿いに木造の温泉旅館が連なり、浴衣姿の人たちが下駄をカランコロンと鳴らしながらそぞろ歩いている様は、まさに古きよき温泉街の佇まい。タイムスリップしてしまったような錯覚すら起こしてしまう。

伊丹空港〜コウノトリ但馬空港間は、1日2往復就航。豊岡市上空からの円山川の眺め。

コウノトリ但馬空港に到着。城崎温泉までは空港からの直通バスが便利。

宿泊客が浴衣姿で外湯めぐりを楽しむ城崎温泉。

その温泉街を抜けたまちの外れにあるのが、今回の会場となる〈城崎国際アートセンター〉だ。大会議場を改装して、豊岡市が運営するこの施設は、日本ではまだ珍しい舞台芸術に特化したアーティスト・イン・レジデンス。国内外のアーティストが最短3日間、最長3か月間滞在しながら、24時間自由に創作活動に没頭できる夢のような場所だ。しかもアートセンターから一歩出れば、観光客や地元の人と同じように城崎温泉の名物である7つの外湯を堪能でき、まちに溶け込むことのできる気安さは、ほかにはないと評判になっている。

城崎国際アートセンターは、日本最大級を誇る舞台芸術のアーティスト・イン・レジデンス。

各地から最高のお酒のツマミがやってきた!

飲食ブースを担当した城崎にある〈CAFE&BAR 3rd〉の店長・谷垣 悠さん。「大阪で人気の〈満月Pub〉というイベントがあるのですが、主催している方たちに城崎でもぜひやってほしいとお願いしたのが、そもそもの始まりなんです」

満月Pubは、満月の夜に大阪のさまざまな店を会場に開催され、2011年11月にスタート。その年に起こった東日本大震災が、満月Pub開催のきっかけになっているそうで、月に一度必ずやってくる満月の夜に空を見上げて立ち止まり、大切なことを忘れないようにしよう、という思いが込められている。62回目を数える今月は、城崎に出張するスペシャルな会となった。

参加した飲食店は、14店舗。谷垣さんが「初めての試みにして、かなり豪華!」と満足する通り、パスタやインドカレー、タイ風サラダ、新米おむすび、生ハム、チーズ、アイスクリームなどのスイーツまで、よりどりみどり。〈WOLF〉〈TRANSFER〉〈58N musubu〉〈CAFE&BAR 3rd〉など地元の豊岡や城崎で愛されるお店だけでなく、遠方からの出店も多数。東京からはオーストラリア、ニュージーランドワインを取り扱う〈WINE DIAMONDS〉や、本格タイ料理教室が人気の〈おいしみ研究所〉などが。大阪からは、“チーム満月Pub”としておなじみの〈WINE SHOP FUJIMARU〉や地酒販売店〈杉本商店〉、ワインバー〈nadja〉、日本酒居酒屋〈味酒かむなび〉。岐阜からは、日本で唯一のパルマハム職人の称号を持つ多田昌豊さんの〈BONDABON〉が出店した。

瀬戸内国際芸術祭の会期中にオープンしている、〈劇団ままごと〉プロデュースの〈喫茶ままごと〉も小豆島からやってきた。劇団ままごとのプロデューサー宮永琢生さんは、昨年、『演劇クエスト・天下無敵の城崎温泉編』のプロデューサーとして城崎国際アートセンターで滞在制作を行っていて、地元の人との再会を喜ぶ場面も。「僕たちはもともと東京をベースに活動していて、小豆島にも長く滞在していますが、外から来た人をすぐに温かく受け入れてくれる環境は城崎ならではだと思います」と話す宮永さんは、自ら店頭に立ちながら、久しぶりに触れる城崎のオープンな空気を楽しんでいる様子。

ワイン片手に詩の朗読に耳を傾けるひととき

そしてやっぱり気になるのが、「アートとワインと満月と。」のアートの部分。このイベントの飲食部門担当が谷垣さんだとしたら、アート部門担当はブックディレクター〈BACH〉の幅 允孝さん。「城崎地域プロデューサー」という立場でもある幅さんは、城崎のいまを知るうえで欠かせない人物。旅館の若旦那衆が中心となって立ち上げた出版レーベル〈NPO法人 本と温泉〉の仕掛け人として、ユニークな本をこれまでに3冊出版。現在は〈城崎文芸館〉のリニューアルに取り組んでいる真っ最中なのだ。

その幅さんがイベントのゲストに招いたのが、詩人の菅原 敏(びん)さん。雑誌『BRUTUS』などにも連載を持つ菅原さんは、詩人という肩書きにふさわしい、どこか浮世離れしたダンディーな佇まい。ワイングラスを手にした姿もお似合いで、城崎の正装といえる浴衣姿で登場。

「今までいろんなところで朗読してきたけれども、今日ほど楽しみだったことはありません」とあいさつをして、詩の朗読が始まった。独自の解釈で翻訳した李白の「月下独酌」や、「日々の泡」というオリジナルなど、イベント名にちなんで月やお酒にまつわる詩が中心。菅原さんのよく通るバリトンボイスにうっとり耳を傾けていると、そのままの声色で滑らかにユーモアが繰り出され、不意打ちを食らったような笑いが起きる場面もしばしば。

続く幅さんと菅原さんのトークショーでは、「なんで詩人になったの?」「詩人ってどうやって食べてるの?」など、誰もが気になる“現代詩人の生態”に切り込む質問が続出。途中から劇団ままごとの宮永さんも参戦して、演劇の話から城崎の魅力まで多彩なトークが繰り広げられた。

終了後、幅さんに感想を求めると、「菅原敏が相変わらず、キザでよかったです(笑)」と第一声。「菅原さんはキザなんだけど、優しいんですよ。今日は詩の朗読を初めて体験する人が多かっただろうし、そういう意味では容赦のないシチュエーションでしたけど、場の雰囲気や聴衆の反応など、空気を読みながらつっけんどんに詩を読めるのが、彼の魅力だと思います。“詩ってキザなんだな”とかどんな感想でもいいけれど、こうやって実際に触れて、何かしら感じてもらうことで、少しずつ浸透していくのではないでしょうか」

一方の菅原さんは、「詩を聞きに来ることだけが目的のいわゆる朗読会と違って、こういうオープンな場でお酒を飲みながら聞いてもらうのは刺激的ですし、ライブ感を楽しませてもらいました。市長やブックディレクター、劇団のプロデューサー、詩人、実業家、旅館の若旦那などいろんな人がひとつの場所に集まって、近い距離で話せるのも、サロンみたいですてきでした。温泉街の雰囲気がそうさせるのかもしれませんね」

ぜひまた、城崎を再訪したいという菅原さん。「『眠りのための朗読会』というのを東京の増上寺で開催しているのですが、その城崎バージョンをやってみたいですね。城崎に残っている歴史や文化などを朗読に織り込んで、城崎の夢が見られるような朗読会ができたらおもしろいかなと。しかも城崎だったら、浴衣でそれができますしね」

パフォーミングアーツに触れるバスツアーを開催! 好評につき増席決定!

「アートとワインと満月と。」は大盛況のうちに終了したが、アートにまつわるイベントはまだまだ続く。10月22日(土)〜23日(日)に開催される『Silent Seeing Toyooka 〜聴こえない音・観えない光景を巡る旅〜』は、パフォーミングアーツを楽しみながら、豊岡の名所をバスで巡るユニークなツアー。大阪を拠点に活動する公演芸術集団〈dracom〉のリーダー・筒井 潤さんをツアーの総合演出に迎え、サウンド・パフォーマンスを鈴木昭男さん、ダンス・パフォーマンスを宮北裕美さんが担当。豊岡発のマジカルミステリーツアーが、まもなく始まる。

information

Silent Seeing Toyooka 聞こえない音・見えない光景を巡る旅

実施日:2016年10月22日(土)〜23日(日)

申込み・問合せは電話にて全但バス株式会社旅行事業課 TEL:079-662-2131 (受付時間平日9:00〜17:45)http://arts-tabi.jp/silent_seeing_toyoka.html

writer profile

Ikuko Hyodo

兵藤育子

ひょうどう・いくこ●山形県酒田市出身、ライター。海外の旅から戻ってくるたびに、日本のよさを実感する今日このごろ。ならばそのよさをもっと突き詰めてみたいと思ったのが、国内に興味を持つようになったきっかけ。年に数回帰郷し、温泉と日本酒にとっぷり浸かって英気を養っています。

photographer profile

Kazue Kawase

川瀬一絵

かわせ・かずえ●島根県出雲市生まれ。2007年より池田晶紀が主宰する写真事務所〈ゆかい〉に所属。作品制作を軸に、書籍、雑誌、Webなど各種メディアで撮影を行っている。http://yukaistudio.com/

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supported by 但馬空港推進協議会