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“生活風景”を残すために

真鶴の港を上から望むと、 港を中心にすり鉢状に家々が広がっているのがわかる。屋根の色は赤や青、緑とさまざまだが、地形に沿って家が並び、大きなマンションが空に突き出したりはしていない。さらにひとつひとつの家と家の間をよく見ると、そこにはなんらかの緑がある。「絶景」とは言い難いが、どこか安心する、懐かしい風景。

もしもこの風景が、20年後も、30年後も同じまま残っていくとしたら……?その風景の価値はいまよりもさらに上がっていくだろう。その可能性が真鶴には大いにある。『美の基準』があるからだ。

1993年に制定された『美の基準』。その内容が評価され、世界デザイン都市サミットにも招聘されたことがある。(photo:MOTOKO)

『美の基準』は景観条例のひとつとして捉えられることが多い。しかし、実際は景観に限ったものではないし、規制するものでもない。『美の基準』は“真鶴らしさ”をまとめた規範であり、より広い意味での景観、「生活風景」を残すことを目的としているのだ。

美の基準は69のキーワードからできている。例えば、「小さな人だまり」というキーワードのページを開いてみよう。

キーワードはどれも口に出して読みたくなる言葉ばかり。「小さな人だまり」「静かな背戸」「終わりの所」など。(photo:MOTOKO)

そこには、写真やイラストを交えながらこんな説明がある。

人が立ち話を何時間もできるような、交通に妨げられない小さな人だまりをつくること。背後が囲まれていたり、真ん中に何か寄り付くものがある様につくること。

これらは真鶴にとって“真鶴らしさ”であるかもしないが、実はかつて日本のどのまちにもあったはずの、失いかけているものでもある。『美の基準』ができて約23年。未だにファンは多く、『美の基準』が好きで真鶴に移住を決めた人が多くいる。人を惹きつけてやまない魅力が『美の基準』にはあるのだ。

『美の基準』の中でもとくに印象的なキーワード、「実のなる木」。庭にはみかんなどの実のなる木を植えることを推奨している。(photo:MOTOKO)

マンション建設反対のための手段

1980年代後半、日本はバブル景気に沸いていた。政府が開発を奨励するリゾート法を制定したことにより、真鶴の近隣である熱海や湯河原にも次々とマンションが建ち始める。多くは人が住むためではない。地価がどんどん上がっていくなかで、投資目的の建設が多かったという。

「当時、真鶴町役場にも大量の建設計画が持ち込まれ、毎日のようにスーツを来た人たちが押しかけてきていました。僕はまだ別の課にいたのですが、対応に苦慮しているのは見ていました。自分が担当になったらあの対応をやらなければいけないという、覚悟のようなものは持っていましたね」そう語るのは、現在『美の基準』担当のまちづくり課課長を務める岩本幹彦さんだ。

岩本さんは『美の基準』が施行されて12年後、2005年から『美の基準』の担当になる。担当になる前から、『美の基準』自体の策定の過程を手伝ったりもしたという。

真鶴がほかの地域と違ったのは「水」だった。もともと水源に乏しい真鶴は、隣の湯河原町から一部の水を買っていた。たびたび断水もあったという。そのため町民は、マンション建設により人口が増え、さらに水が不足することを懸念していたのだ。「マンションを建設するかどうか、当時まち中で政治が語られていました。そんななか、町長選ではっきりとマンション建設に反対を掲げた三木邦之さんが選ばれたんです」

「三木町長についていけば間違いない」、と言われるほどカリスマ性を持つ三木町長は、就任3か月の速さで「給水規制条例」を制定する。「ある一定規模以上の開発に対して新たな水の供給を行わない」というものだ。開発を進めようとする国の施策と正反対をいくこの条例はニュースになり、真鶴町は一躍有名になる。

しかし、これだけでは事業者から裁判を起こされてしまえば負ける可能性のある、危うい条例であった。そこで次の一手としてできたものが、『美の基準』を含む「まちづくり条例」である。

規制するだけでない、まちの未来を描ける条例

まちづくり条例は大きく分けて3つのルールがある。ひとつ目は、「土地利用規制規準」。土地の利用方針を、真鶴町の特性や地域の状況に合わせて細かく定めたものだ。

次に、話し合いのルールを定めた「建設行為の手続き」。建物を建築したり、土地を造成したりするときに、事業者が町や町民と話し合い、合意にいたるまでのルールを定めている。まちづくり条例では場合によっては法律以上の制約を求める場合もある。しかし話し合いのルールを事前に決めておくことにより、町民の意思を必ず反映させることを約束しているのだ。

そして最後が、まちの美しさを定めた『美の基準』である。「『美の基準』が一番有名ですが、『美の基準』はまちづくり条例の中のひとつに過ぎません。実際に開発を抑制しているのは、まちづくり条例の残りの部分でやっているんです。『美の基準』はただ規制するだけじゃなく、その中に“真鶴らしさ”を入れていこうというものです」

“真鶴らしさ”というように、『美の基準』で示す事柄は、真鶴にとって特別なものではなかった。もともとあった真鶴の、“みんなが漠然といいなと思う部分”を「美」と定義して言語化したものなのである。

「『美の基準』のキーワードを決めるとき、みんなでまち中を歩いて探していったんです。だから『美の基準』には何も新しいことは載っていない。極端に言えば、昔からいる町民はいままで通りの生活をすれば、それが『美の基準』を体現していることになるんです」

言葉で定義することの意味

『美の基準』が変わっているのは、それを「数値」ではなく「言葉」で示しているところだ。「建物は斜面地に逆らわないように計画すること」という言葉があるとき、人によってその捉え方はさまざまだ。ただ、数値で示さないからこそ、そこで人は「考える」ことになる。『美の基準』はあえてその余白を残しているといえる。

では、いったいどうやって『美の基準』を運用しているのか。岩本さんのもとで実務を担当する多田英高さんが教えてくれた。

「個人住宅と一定規模以上の建築の場合でも違うのですが、大きな建築物の場合は“美の基準リクエスト”を町側で作成します。その敷地がどういう敷地なのか? 中景から見たらどう見えるか? 遠景から見たらどう見えるか? 実際に現地に行って確認するんです。その土地の特性を理解したうえで、ここにはどういう『美の基準』のリクエストがあるかを相手に提示します。それはあくまで“リクエスト”であって、“規制”ではありません。こちらがリクエストしたものを、相手が取捨選択します。場合によっては向こうから提案があったりもします。対立の構図じゃない、提案し合う構図になるとこっちも楽しくなってきますね」

「提案し合う構図」、これこそ数字ではなく言葉で定めているからこそできる、『美の基準』の余白から生まれる行為だ。数字に従うのではなく、自分の頭で『美の基準』について考え、提案する。こうしてよりその場所にあったかたちに落とし込むことができるのだ。

もちろん、それにより生まれる葛藤もある。「実は僕は大学のときから『美の基準』を勉強してきたんです。だから岩本課長からうまく引き継ぎができているところもあると思います。『美の基準』を運用するということは普通の行政の仕事とは全然違うことなので、それをわかってくれる人を育成していくことがいまの課題ですね」

岩本さんと多田さん、ふたりが共通して言うのは「人」が大切だということ。

「最終的には景観よりも人なんです。結局そこに生きる人がどう住まうか。その表れが路地に咲く花であったり、実のなる木であったりするんです。その人たちの生活の姿が、まちの景観をつくっていくんです」

そんなふたりの言葉を後押しするよう、『美の基準』の最後のキーワード、「眺め」はこんな言葉で終わる。

真鶴がいつか自然と人のユートピアになるよう願うこと。美しい世界を一人ひとりが具体的に想像すること。美しく豊かな眺めはそれぞれの心から創られる。

writer profile

Shun Kawaguchi

川口瞬

かわぐち・しゅん●1987年山口県生まれ。大学卒業後、IT企業に勤めながらインディペンデントマガジン『WYP』を発行。2015年より真鶴町に移住、「泊まれる出版社」〈真鶴出版〉を立ち上げ出版を担当。地域の情報を発信する発行物を手がけたり、お試し暮らしができる〈くらしかる真鶴〉の運営にも携わる。

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