真鶴の人々の暮らしとともにあるお林

箱根火山の南東縁から相模湾に3キロほど突き出している真鶴半島。その先端は、樹高30メートルを超えるクロマツやクスノキをはじめ、数百種類の植物と野鳥が生息する原生林となっており、〈魚(うお)つき保安林〉ならびに〈県立真鶴半島自然公園〉として、古くから大切に保護されてきた。

真鶴の海は、多様な魚介類が生息していることでも知られているが、そんな豊かな海を支えているのが、この「お林」と呼ばれる原生林だと信じられている。お林が人々の暮らしを支え、人々はお林を守る。その関係性は、人と自然の共生を象徴するものだ。

写真右に見える、こんもりと繁るのが「お林」。

真鶴駅から10分ほど車を走らせたところに遊歩道の入り口がある。

お林のはじまりは、江戸時代にまでさかのぼる。寛文元年(1661年)に小田原藩が3年の月日をかけて15万本の松苗を植林し、以降、明治37年には、魚を守り、育てる森林と認められ魚つき保安林に指定。昭和27年に真鶴町へ移管されるまで、御留山(幕藩領主の管理下にあった森林)から御料山(皇室所有の森林)へと、長らく国が管理してきた場所だった。

お林一帯が県立真鶴半島自然公園に指定されたのは昭和29年。今日ではお林をいまの姿のまま次世代へ継承していくために「採らない」「燃やさない」「捨てない」「踏み込まない」というルールが定められている。

お林と真鶴の海の不思議な関係

2014年からは、真鶴町による〈魚つき保安林保全プロジェクト〉が始動。お林を地域活性化の資源としても活用できるようにと、プロジェクトに賛同する町民やNGO会員らがボランティアとして参加し、調査を進めている。そのほかにも、NPOや市民団体による植樹など、お林を守り、育むための活動が勢いを増している。

そんななか、真鶴の漁師たちも3年前からクロマツの植樹をスタートさせた。海と森林の関係性においては諸説あるが、樹木の陰が魚の産卵や生育の場に適していることや、半島から森林を通って滲み出たミネラル豊富な地下水にプランクトンが集まることから、それを求めて魚が集まり、豊かな漁場がつくられると考えられているのだ。

真鶴町漁業協同組合の朝倉一志さんは、「お林と海には、深い関係があると思う」と話す。

朝倉一志さん。真鶴に生まれ育ち、31年前から漁業協同組合で働いている。

「ここのところマツが少なくなってきたので、このままじゃいけないだろうと植樹を始めました。残念なことに1年目と2年目に植えた分は枯れてしまって。やみくもにやっても意味がないので、いまどこに植えたらいいのかを調査しているところです。マツは横に生えてから上に伸びるという特徴があるでしょう? ほかの樹木に比べて半島からせり出す分、海に陰をつくる。その陰が魚を守ってくれるんです」

お林の守り神? 漁師たちに大切にされてきた「山の神」

お林には漁師たちが大切にしてきた「山の神」と呼ばれるほこらがあり、いまでも毎年1度は海上安全と大漁祈願のためにお参りをし、毎月1日には漁師の妻たちが掃除をしているそう。そのほこらは、「いろんな人に聞いてみたけれど、一体誰がつくったのかもわからない」ほど古いもので、2006年に台風が直撃した際には、屋根にマツが倒れ大きな被害に遭ってしまう。

その頃の組合の状況は、定置網の老朽化に伴い、不漁が続き赤字の真っ只中。すぐに修理できる資金もなく、しらばくの期間、そのままになってしまったのだという。

「そのうち、漁師たちから『山の神があんな状態だから、赤字が続くんじゃねえの?』という声が上がったんです。大切にしてきた神様が被害を受けて、みんな落ち着かなかった。組合にはすぐに修理できるだけの資金がなかったから、漁師や関係者に寄付を募り、どうにか建て直すことができました」

漁師たちがお林をいかに特別なものとして受け止めているか、わかるエピソードだ。朝倉さんはもうひとつ、「ものすごく不思議なんだけどね」と話を始めた。

「新しい定置網を購入するまで赤字続きだったと話をしましたが、ある時期は、従業員にその月の給料が払えなくなるほど逼迫していたんです。借金が膨らんで、なかなかお金を借りられる状況じゃなかったけれど、給料を払えないのはさすがにまずい。それで、組合長に『来週の給料日にむけて、750万円を借りる算段をしたい』と話をしました。その翌日、横浜に出て融資をしてもらおうという話になったのですが、横浜に出る予定だったその日の朝に、定置網にキハダマグロが入っていて、その売り上げがぴったり750万円だったんです。お金を借りずに済んじゃった。すごいでしょう?」

真鶴町の定置網にはある日突然、キハダマグロがかかるようになったという。朝倉さんはじめ、漁師たちは「大きな魚に追われて偶然かかったのだろう」と考えたが、それ以来、毎年キハダマグロは変わらずにやってくるそうだ。ほかの地区が管理する網には入らず、なぜか真鶴の網にだけ。

「山の神のおかげだろうって、もちろんお礼を言いに行ったよ」

真鶴の海では、いまだに科学的に解明されていない出来事が続く。「変わらぬ暮らしを続けていくために、豊かな海を守りたい」という漁師をはじめとするたくさんの人の切なる思いが影響しているのだろうか。真鶴の人々に、お林は常に特別な存在として寄り添っている。

information

神奈川県立真鶴半島自然公園

住所:神奈川県足柄下郡真鶴町真鶴

writer profile

Hiromi Kajiyama

梶山ひろみ

かじやま・ひろみ●熊本県出身。ウェブや雑誌のほか、『しごととわたし』や家族と一年誌『家族』での編集・執筆も。お気に入りの熊本土産は、808 COFFEE STOPのコーヒー豆、Ange Michikoのクッキー、大小さまざまな木葉猿。阿蘇ロックも気になる日々。

photographer profile

MOTOKO

「地域と写真」をテーマに、滋賀県、長崎県、香川県小豆島町など、日本各地での写真におけるまちづくりの活動を行う。フォトグラファーという職業を超え、真鶴半島イトナミ美術館のキュレーターとして町の魅力を発掘していく役割も担う。

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