【やしきたかじん物語(26)】

 やしきたかじんの金銭にまつわるエピソードにはこんなのも。

 MBS(毎日放送)の骨髄移植啓発キャンペーンソング「見えない糸」を歌って、自らもテレビ画面に登場したのは平成5(1993)年の7月中旬から9月末までの毎日放送で、10月以降はMBS・TBS系の全国ネットでオンエアされた。

 15秒用と30秒用があり、いずれも「見えない糸」という曲をバックに、インタビューに答える形でたかじんが骨髄バンクへの登録を呼びかけるという内容だった。

 ちなみにこの仕事はノーギャラだった。

 「ギャラが出るんやったら断ってます。世間の皆様のお陰で、こうしてタレント稼業をやらせてもらってるんやから、どこかでお返しするというのは当然のことやないですか」

 うん、いかにもたかじんらしいなと思う。

 さらにこんなこともあった。

 平成7(1995)年1月17日の阪神・淡路大震災。あれから20年余りが過ぎた。

 あの朝、その前の年の12月に引っ越ししたばかりのたかじん宅(大阪市都島区の高層マンション)も激しく揺れたという。

 幸いこれといった被害はなかったが、やはり相当のショックを受けたらしい。

 地震から1週間目の23日の夜、私はたかじんのマンションを訪ねてインタビューした。

 −今回の地震報道について特に感じたことは?

 「まずね、各局のテレビに顔を出していた地震学者たちの机上論のなんと空しいこと。ある学者は『マスコミからのコメントをあちこちから求められたりして忙しくて、テレビ報道も見てないんですよ』と語っていた。3日も4日も経っているのに…専門の学者なら現場ぐらい見てこいよとあ然としたね」

 −政府の対応の遅さや、県や市の混乱ぶりが指摘されているが…。

 「遅すぎる!地震は天災やけど死者5000人以上という数字は人災でもある。もっと迅速に対応していれば3000人、いや2000人ぐらいで止まっていたかもしれん。それが悔やまれるし腹立たしいなあ」

 たかじんが憤慨していた。そしてさらに−。

 「タレント議員が『みんなで力を合わせて頑張りましょう』と呼びかけているけど、少なくとも国政に参加してる人間やったら、大衆と同じスタンスやレベルで行動するやなしに、もう一歩先んじる仕事があるんとちがうのかと思う」

 「タレントのカンパがどれくらいあったとか、誰と誰が義援金を贈ったとか、マスコミも必要以上に報道しすぎや。カンパは黙って密やかにやればいいのに」

 私は知っている。たかじんが匿名で赤十字へ、そっと300万円を贈ったのを。そんなことを一切自分の口から発しなかったが…たかじんとはそういう男でもあった。=敬称略=(古川嘉一郎)