9月24日(土)より全国公開されたクリント・イーストウッド監督の最新映画『ハドソン川の奇跡』のキャッチコピーは、「155人の命を救い、容疑者になった男」。未曽有の航空機事故で全員生存という偉業を成し遂げた機長が一転疑惑の目を向けられるという、実話をもとにした物語です。英雄が容疑者扱いとはなんとも理不尽な話ですが、この頃のワイドショーやインターネット上の騒ぎを見ていると、なんだか似たような出来事は世の中にあふれているようです。

イーストウッド監督作品の“入門”にピッタリ

2009年1月15日、ニューヨーク上空850mで155名を乗せた航空機が全エンジン停止事故に突如襲われた。高速で墜落する機体。管制室からは近くの空港に着陸するよう指示されるが、機長サリー(トム・ハンクス)は不可と判断してハドソン川への不時着を決断。全員生存の偉業を果たして一躍英雄となったサリーだったが、事故調査委員会の「本当に不時着以外の選択肢はなかったのか?」という度重なる追及に追い詰められていく――。早くも2017年度アカデミー賞有力候補と見られている、実話を元にしたヒューマンドラマ。

イーストウッド監督作品に対して、多くの人が“重厚”や“難しそう”といったイメージを抱いているのではないでしょうか。ですが、本作の上映時間は96分と見やすいボリューム。それでも人間同士の感情が織りなすドラマの奥深さは、さすが巨匠!の一言です。「イーストウッド作品ってなんだか重そうで……」と取っつきにくさを感じている人にこそオススメしたい、入門編としてもピッタリな1本です。また監督の新たな挑戦として、本編すべてのシーンが最新カメラ「ALEXA IMAX® 65mm カメラ」で撮影されているので、美麗な映像にも注目。

追い詰められていく容疑者サリー、英雄なのになぜ…?

鑑賞中はとにかく「サリーが可哀想!」という気持ちでいっぱいになります……。事故調査の中ですっかり追い詰められてしまい悪夢に襲われる彼や、自宅に大挙するマスコミに悩まされる妻ローリー(ローラ・リニー)の姿を見ていると、心の底から、なんで英雄がこんな目に遭わないといけないのかという怒りが沸いてきます。まぁ調査委員会も仕事だから仕方ないのですけれど……。

ただ一方で、もし自分が2009年のアメリカを生きていたら、同じように「サリーが可哀想!」と思っていただろうか、とも考えてしまいます。事故調査の話を耳にしていたら、ひょっとして「この機長は怪しい」なんて邪推していたかも……。この頃、国内の話題でも、昨日までは善人扱いだったのに次の日は悪人にされてしまっているというような出来事がいろいろ起きています。自分もマスコミ業界に従事しているだけに、“疑い”というものの重さについて考えさせられました。

救助活動を実際に行った人々が撮影に参加

同映画は仕事ドラマでもありますが、サリーの機長という職業だけを描いたものではありません。もちろん彼が偉業を成し遂げたことに間違いはありませんが、乗員乗客155名の救出シーンは、CAや沿岸警備隊、救助隊と多くの人々の力が集まり“奇跡”が起こったんだと伝えています。本当に救助活動に当たった人々が撮影に加わり、当時の自分の行動を再現したと聞いて、このシーンのリアリティにも納得です。

この物語が発信するメッセージのひとつは、きっと「“奇跡”は“奇跡”じゃない」ということ。最初の事故発生時のシーンでは、サリーと副操縦士ジェフ(アーロン・エッカート)が冷静そのもの、完全無欠のパイロットのように見えますが、2度目に流れる同じシーンでは印象がまったく異なります。見終わった後は、「明日も仕事を頑張ろう」と背筋が伸びるような作品でした。

(文/原田イチボ@HEW)