日本で大ヒットを記録した『シン・ゴジラ』が、10月11日から18日まで北米の約440館で限定公開される。世界的に人気のあるシリーズだけに、米国での興行にも期待したいところ。しかし、公開を前に各米メディアがリリースした同作への批評には、厳しい意見が目立つ。

ゴジラファンの多い米国で、なぜ本国・日本と同様の反応が得られないのか? ハリウッドで注目度の高い2大エンタメ業界誌「ヴァラエティ」「ハリウッド・リポーター」の評論を紹介しつつ、三つのキーワードから探っていこう。

キーワード①「愛国心むき出しの国家主義的リメイク」

『ハリウッド・リポーター(以下、H誌)』による批評の、冒頭のまとめが印象的だ。「世界的に有名なモンスター・シリーズの新作。これまでの続編や関連作すべての大元となる物語の新バージョンだが、おしゃべりが過ぎ、やや国家主義的なリメイクとなっている。日本では大成功したが、ほかの地域でヒットするかどうかは、愛国心むき出しのメッセージがどう受けとめられるかによるだろう。特にアジア諸国では」。「ヴァラエティ(以下、V誌)」の批評にも、「日本のひどく不快な軍国主義の過去が蘇る」という一文がある。

『シン・ゴジラ』は、謎の大怪獣出現という有事に直面した政府当局者らの奮闘を、国家の危機管理という視点からリアルに描いている。これが東日本大震災などを経験した日本の観客の様々な共感を呼び、ヒットの一因となったと考えられている(この点は両誌も触れている)。

それでも、一部のアメリカ人はこのあたりの描写を「国家主義的」と捉えるようだ。H誌は、「可能な限り、誠実で勤勉な政治家たちが東京の人々を救おうとする姿と自衛隊の犠牲が美化されている」とも指摘している。

キーワード②「セリフが多く、ゴジラのアクションが少ない」

こういった感想は、多くの場面が危機管理の会議で占められていることにも起因しているだろう。またこのことは、海外の観客にとってもう一つのフラストレーションを生んでいる。

H誌は「会議室での会話が多過ぎてわかりづらく、ゴジラが十分に大暴れしていない」。V誌は「場面が目まぐるしく変わっていく上、大量の地名や登場人物の肩書きがスクリーン上に現れる」と不満を漏らしている。

セリフの多さ(字幕の多さ)が原因で話についていけない、それよりもっとゴジラのアクションシーンが欲しかった、という批判。もっとも、これは同作における演出の宿命的な要素で、庵野秀明総監督、樋口真嗣監督をはじめ製作側は、海外からこのような意見が出ることは織り込み済みだっただろう。

キーワード③「アメリカ人が傲慢で高圧的に描かれている」

さらに米国の描かれ方についても、両誌が看過できない部分があるようだ。H誌は「多くの日本の映画やドラマ同様、アメリカ人が傲慢で高圧的」と苦言を呈し、石原さとみ演じる日系アメリカ人の大統領特使がその象徴だとしている。また石原の英語力が「説得力に欠ける」レベルで、「米公開の際には英語の吹き替えが必要かも」とも評した。

V誌もやはり、いくつかの場面を例に取りながらアメリカ人の描写について牽制。「これまでのほとんどのゴジラ作品よりも、日米の複雑な関係が抜け目なく利用されている。しかし、(米国がより不快な描かれ方をした)1991年の『ゴジラVSキングギドラ』よりはずっとまし。だから『ゴジラVSキングギドラ』は米国でホームビデオのみのリリースとなったのに、『シン・ゴジラ』は限定劇場公開されることになったのだろう」と結んでいる。

もちろん否定的な論調ばかりではない。「変異し続けるゴジラの存在感が、CGとモーション・キャプチャの優れた技術、伝統的なミニチュア撮影をミックスした特殊効果によって迫力を増していく」(V誌)との映像技術への賛辞や、「クリーチャー大作おたくとゴジラファンの多い米国と欧州では、そこそこの興行収入が見込めるのでは」(H誌)との評価もある。両誌ともファンに気を使ってか、全体的には本国製作のシリーズ最新作に敬意を表すトーンは崩していない。それでも、上記三つのポイント(ほかの海外メディアの批評とも重なっている)を見る限り、少なくとも北米公開の見通しがすこぶる明るい、とは言えないようだ。

文=ロサンゼルス在住ライター 鈴木淨/Avanti Press