『日本のいちばん長い日』で賞レースを席巻した本木雅弘が、『おくりびと』以来7年振りとなる主演を果たした映画『永い言い訳』が10月14日から公開されています。『ゆれる』や『夢売るふたり』などで知られる西川美和が原作・脚本・監督を務めた同作。妻が事故死したまさにその瞬間に不倫相手と密会中だった主人公が、新しく出会った親子との交流を通して自分、そして他人と向き合います。

妻を亡くして対象的な男やもめ2人

人気作家としてテレビにも登場する津村啓こと衣笠幸夫(本木雅弘)は、美容院を経営する妻・夏子(深津絵里)と20年来の夫婦生活を送っていますが、すっかり冷え切った状態。妻が友人との旅行中に事故死した日も、不倫関係にある編集担当の福永智尋(黒木華)と過ごしていました。事故をきっかけに、妻と共に亡くなった友人の夫・大宮陽一(竹原ピストル)と出会い、大宮家に残された幼い息子と娘と「新しい家族」の物語が動き始めます。

この妻を亡くした2人がとにかく対照的。幸夫は夏子の死をまっすぐに悲しむことができず、さっそく愛人に甘えます。バス事故の説明会では、テレビクルーを前に淡々と妻を亡くした心境を語り、取材に対応できる冷静さを持っています。一方の陽一悲嘆のあまり同説明会で「妻を返せ!」と物を投げつけて暴れてしまうほど。悲しみに暮れ、自分の感情にバカ正直な真っ直ぐな人です。トラック運転手として働き、裕福ではありませんが子煩悩。作家として成功している幸夫は感性に優れているかもしれませんが、陽一のような実直な喜怒哀楽の感情表現には乏しい人物です。

強すぎた自己愛の空しさ

検索サイトで自分について熱心に“エゴサーチ”をする、過剰な自意識の持ち主である幸夫。陽一の家族に深く関わることによって人の役に立つ喜びを知り、子どもたちから向けられる無垢な愛情を受け生きている実感や幸せな気持ちを取り戻していきます。幸夫はそれまでも愛情をそそぐ対象はいくらでも身の回りにあったはずですが、作家の下積み時代を支えてくれた妻へは感謝の気持ちよりも食わせてもらっていたコンプレックスを引きずるほど自意識は歪んでいました。かわいがっていたはずの愛人からも、妻を亡くした後に「先生は誰も抱いたことがないのよ」という痛い捨て台詞と共に去られてしまいます。

強い自己愛に捉われていた幸夫が、陽一家族と深く関わることは自分の中の愛情なのか、妻が亡くなったときに不倫していた罪滅ぼしなのか。途中で混乱しながらも、おもいきり他者へ愛情を向けたことによって、逆に自分自身の基盤も整っていきます。不調気味だった作家活動にも良い影響を与え、他者と築く関係の中で生まれる他人や自分の温かな気持ちを受け止められるようになります。しかし、幸夫は再び孤独の中へ――。

家族間や男女間など、いろんな形で人間に対する深い愛しさが描かれている今作。主演の本木雅弘をはじめ素直な感情の塊のような陽一を演じた竹原ピストルや、陽一の2人の子供たち(藤田健心・白鳥玉季)、時おり透明感を持って登場する深津絵里の存在も、ストーリーにより深さを持たせています。

歪んだ自意識から生み出された不倫。それは、愛情などではなく、弱い人間の自己愛に過ぎません。今年は例年以上に芸能界やドラマ作品などで不倫の話題が豊富ですが、西川監督の女性ならではの大きな包容力に包まれたこの作品の前では、人を愛するということの意味を考え直してしまいました。

(文/岩木理恵@HEW)