着任早々、あいさつもそこそこに聞かれた。

「結婚、出産の予定はあるか」

 と。自治体が運営する病院に勤務する小児循環器内科の女性医師(35)が、以前勤務した病院で体験したことだ。聞いてきたのは上司の男性医師。「ない」と答えたら、返ってきた言葉は、

「よかった。『これから出産する』なんて言われたら、困るところだった」

 いまどき普通の会社でこんなやりとりが交わされたら、パワハラとみなされても仕方がない。女性はこうため息をつく。

「医師の世界は、世間から見ても10年遅れの男性社会です」

 何が、「10年遅れ」を許しているのか。

●夫のキャリアを優先

 毎日、午前8時に出勤し、午後8時までは働く。定時は午後5時半だが、早朝から出勤して仕事をこなしても、定時に帰ると評価されない。遅くまで仕事をしている人が偉いという風潮の職場だ、と彼女は言う。

 当直は月に4、5回。土日は休日だが、勉強会や学会に参加するなど自己研鑽(けんさん)に努めなければ医学の進歩についていけない。仕事は楽しいしやりがいもある。いずれ結婚したいし、出産して子育てもしたい。だが、

「女性医師はいずれ、結婚・育児とキャリアをてんびんにかけざるを得なくなります」(女性)

 厚生労働省の「医師・歯科医師・薬剤師調査」(2014年)によると、日本の医師に占める女性の割合は20.4%。20〜30代では3割を超えている。だが、各種調査を総合すると、女性医師の約3割が、結婚や出産、子育てなどを理由に離職している。

 医師のためのキャリアコンサルティング会社ニューハンプシャーMC取締役の中村正志さんは指摘する。

「女性医師は医師同士で結婚するケースが多いのですが、多くは女性のほうが出産・育児によってキャリアを中断されます」

 医師という仕事の専門性の高さや働き方の特殊性から、女性医師の多くが医師と結婚する。だが、経験を積むには転勤や留学なども必要で、別居を選ばない限り、どちらかがキャリアを諦めざるを得ない。

 たとえ数年でも夫のほうが年上の場合、職位も夫が上であることが多く、妻より夫のキャリアが優先される傾向が強い。上の世代からの「キャリアを諦めるべきは女性」という圧力が強いのは、医師の世界でも同じだ。

●「復職支援の動き」も

 離職した女性医師は、仮に復職したとしてもフルタイムで働くことは難しく、健康診断や産業医などのパートタイムで勤務することが多い。だが、東京女子医科大学教授で皮膚科医の檜垣祐子さんは、パートタイムでは医師としての専門的なスキルは上がらないと話す。

 医師不足で、地方を中心に中核病院の小児科などで診療を休止するところが相次ぐ昨今、医師の世界の「10年遅れ」を許し女性医師の離職を放置することは、社会にとって不利益しかない。女性医師の復職を支援する動きも、わずかながら出始めた。

 出産と育児で離職した40代の女性産婦人科医は、末子が小学生になったのを機に復職を決意した。ブランクは10年。まず訪ねたのが、前出の檜垣さんがセンター長を務める東京女子医大女性医師再教育センター。復職を希望する女性医師からの相談を受け、関連病院での3カ月間の研修などで復職を支援している。ネットなどを通じてここを知り、相談に来る人の8割以上は、同大以外の出身者だ。

「いったん現場を離れると心理的ハードルが上がり、実際には常勤で復職できるだけのスキルや時間があったとしても、できないと思い込んで悩んでいる人が少なくありません」
 と、檜垣さん。相談者の希望する診療科の医師など、相談者に合ったスタッフが面談し、現実に即したアドバイスをしたり、復職への道のりを一緒に考えたりする。これまでに222人の女性医師から相談があり、その約4割が研修を受けた。

 医師の世界でも、働き方改革が必要だ。(編集部・長倉克枝)


■女性勤務医たちの胸中は…

子育て中の勤務形態に選択肢がほとんどない。出産するとキャリアを中断せざるを得ない(30代・愛知県/皮膚科)

一般の仕事よりは、帰宅時間が遅くなる職業なので、女性は特に体力面で悩むことはあると思います(30代・東京都/精神科)

女性医師と男性医師との間にかなりの格差が存在します。女性医師の方がワーク・ライフ・バランスが多様なので、よい面も悪い面もあると思います(40代・奈良県/小児科)

自分や家族の時間よりも仕事を優先することが当たり前に求められます(30代・愛知県/リウマチ科、膠原病科、呼吸器内科)

女性は産後も医師免許があるというだけでバイト生活もできるので、「バリバリ」から「ゆるく」まで自由に働くことができます(30代・愛知県/小児科、代謝・内分泌科)

※AERA 2016年10月3日号「現役医師545人アンケート」から。引用したコメントはすべて女性の勤務医のもの

※AERA 2016年10月3日号