ハロウィーンにクリスマスと、洋菓子が目立つ季節が近づく。一方の和菓子は餡中心の「伝統」が邪魔するのか、地味……というのは、時代遅れ。世界に挑戦するクールな存在なのだ。



 ジョエル・ロブションやアラン・デュカスらの三つ星シェフや、人気のショコラティエ、ジャン・ポール・エヴァンが、来日するたびに訪れる和菓子職人が京都にいる。

 末富の4代目、山口祥二さんがその人だ。

「海外シェフとの交流が始まったのは20年ほど前からです。アラン・デュカスに招かれてモナコ公国で和菓子のデモンストレーションをしたのが最初で、10年前からは毎年12月にパリの日本文化会館で、和菓子を紹介しています」(山口さん)

 三つ星シェフたちがなぜ、和菓子に興味をもつのか。たとえば、砂糖。フレンチは料理に砂糖を入れないし、デザートでも使うのはグラニュー糖だけ。一方の和菓子は和三盆、上白糖、ザラメ、黒糖と、用途によって、甘味を使い分ける。そんな食材選びの繊細さに驚くようなのだ。

「和菓子の意匠、たとえば焼き印などは新鮮に映るようです。昔ながらの絵柄でも、使いかた次第でモダンになります」(同)

●「まねされるお菓子を」

 山口さんは意気投合したシェフと数多くコラボレーションしてきた。今年は日本航空の国際線ファーストクラスの機内食で、フレンチの須賀洋介シェフのコースのデザートを「S」というブランドで作っている。

「まねされるようなお菓子を作れ、というのが先々代の教えでした。伝統は残しつつ、今の時代に沿ったものを考えなくてはいけない、という意味です。海外のシェフたちから受ける刺激やアイデアは、新しい見方を与えてくれます」(同)

 たとえば「懐中ぜんざい」という、餅の皮の中に乾燥させた餡をいれた、末富の人気菓子がある。須賀シェフは「この餡にカカオとミルクを入れたらどうだろう?」と提案。作ってみると、コクがあっておいしい。

「和菓子の季節感や美しさは日本の伝統文化とも深い関わりがある。若い人たちにも和菓子に興味を持ってほしいので、新しい試みの提案があればできるだけ受けて、関心を持ってもらうきっかけになればと思っています」(同)

 かつてなら、「豆のお菓子だなんて」と食べるのをやめたフランス人も、今では喜んで口にするようになった。そこには「ティーセレモニー、茶道の果たした役割が大きい」というのが山口さんの見方だ。

「伝統がある国同士で、それぞれのおいしい食材を合わせると、新しい味が生まれるでしょう。そうした挑戦をするためにも、基本である茶事の和菓子に精進する。その両輪があって、末富なのだと思います」(同)

●10年後の新たな伝統を

 滋賀県のJR近江八幡駅から車で10分。八幡山を背にした緑豊かな土地に2015年1月、たねやの「ラ コリーナ近江八幡」がオープンした。甲子園球場3個分の敷地には、芝の生える屋根を持つメインショップ(藤森照信氏設計)やコンテナショップの横に、田んぼが広がる。

 全国のデパートに店を出し、多くのファンを持つたねやは、近江八幡で1872年に創業した老舗だ。

「歴史や文化に裏打ちされたお菓子から、10年、20年と続く未来の伝統を、いま作っている気持ちでいます」と社長の山本昌仁さん。

 新商品でも、従来の和菓子の枠にとらわれない発想がちりばめられている。「オリーブ大福」は、塩味のきいた餅でこし餡を包んだ大福に、オリーブオイルをかけて食べるというもの。話だけ聞くと驚くが、食べてみると、あっさりした餅とこし餡に、オリーブオイルが無理なく合う。後を引くおいしさだ。山本さんがイタリアを旅していたときに出合った、素晴らしいオリーブ畑にほれこんで、みずから考えたお菓子なのだ。

「世界中の魅力的な食材をたねやが使ったらこうなる──という挑戦をしていきたいのです。オーガニックの食材はもちろん、フェアトレードにも関心を持っています。何事にもオープンでいたいですが、食以外の事業はやりません」(山本さん)

「和菓子は地域で育つブランド」と語る山本さんは、会社ばかりではなく故郷を活性化したいとの思いから、地元の経営者を集めての勉強会も開催。滋賀大学や京都大学と環境教育などを巡って共同研究を始めたほか、他業種との交流にも積極的だ。記者が訪れた日には、パナソニックの社員が研修に来ていた。

●固まっていない飴?

 東京・新宿伊勢丹の地下1階、副都心線の駅から近く、人通りが絶えない入り口の正面。「あめやえいたろう」の売り場を初めて見たときの衝撃は、いまでも鮮明だ。

 リップグロスかと見まがう飴、色とりどりの板飴……ガラスケースそのものが輝いているようだった。その後も、花びらのように薄い「スイートアロマ」など、次々に新作を発表している。

「飴とは固まっているもの」という固定観念を覆す商品を出しているこの店の母体は、おなじみ榮太樓總本鋪だ。

「飴だけで店が出せたら、とは、ずっと考えていたんです。ただ飴に特化して、はたして採算が取れるのか、確信がもてませんでした」と語るのは、同社新規事業開発部長の大場美貴さん。

 日本の伝統的な飴「有平糖(あるへいとう)」をベースにした榮太樓の飴は、日本を代表する味のひとつだ。だが、あまりにもなじみすぎて、洋菓子のような話題にはなりにくい。一方、あめやえいたろうの商品は、どれもハッとするようなサプライズやドラマがある。

「スイートリップをお土産に持っていくと、そこで会話が始まるというお話をよく聞きます」と喜ぶ大場さんの希望は、飴を「コミュニケーションツール」として使ってもらうことだ。

「これからもお客様に驚いてもらえるものを作りたいと思います。スイーツ男子に向けたものは、ずっと考えている課題です」と意気込む。

●日本の美にかわいさも

 JR新宿駅新南口の新しい顔として話題の商業施設、NEWoManに今年4月、両口屋是清がプロデュースする「和菓子 結」がオープンした。同社としては初めてのエキナカ店舗でもある。

 店頭には、チョコレートがコーティングされたエクレアのような新作「ふゆうじょん」が並ぶ。両口屋是清の名物・どら焼きもあるが、通常の商品よりも一回りは小ぶりだ。

 他にも、切る場所によって切り口の景色が変わるようかん「あまのはら」や、職人が丁寧に作った金魚の干菓子など、目でも楽しめる商品が並んでいる。

「和菓子は手のひらサイズの日本の美だ、と言われます。結のお菓子は、和菓子になじみがなかったお客様にも、『カワイイ』『キレイ』と手に取ってもらって、そのおいしさに出合ってもらえたら──と、3年前から準備してきました」と、同社広報の近藤美香さん。

 両口屋是清は昨年まで、東京・表参道ヒルズに「R style」という新しい提案をする店舗を持っていた。そこで店長を務めた女性職人などが、新ブランドでもさまざまなアイデアを出したという。

「たとえばサイズ感です。昔の和菓子は、たっぷりと食べられるものが好まれました。最近は、いろいろな味を少しずつ楽しみたいという女性が多い。今回、最中(もなか)もごく小さい貝の形をした皮ではさみ、少しだけ餡がのぞいています。これは職人泣かせで、餡が乾いてしまうのですが、かわいさを出すために苦心して完成させました」(同)

 男性が中心だった菓子職人の世界に近年、女性が増えてきたことも、和菓子の変身の背景にありそうだ。同社では製造部にある八つの課のうち、五つに女性職人がいる。とりわけ生菓子課への配属者が増え、15人中5人にまでなったという。

 今年3月まで菓子職人として働いていた同社広報の浅井慎也さんはこう話す。

「商品開発などで、男性にはわかりにくい『カワイイ』という感覚が、女性の職人を通して取り入れられるようになってきました。その結果、だんだんと男性も『これがカワイイ、か?』と、考えるようになりました」

「和菓子 結」では、ういろうとハーブを組み合わせたものや、夏野菜のピューレとこし餡を合わせたものなど、新しい素材や作り方にも挑戦している。

「両口屋是清が木の幹だとすると、結は枝のようなもの。新しいことにチャレンジしますが、幹とはきちんとつながり、ぶれないようにしていきたいと思います」(近藤さん)

●各地の文化とコラボ

 室町時代後期の京都で創業した虎屋が、明治天皇とともに東京にも進出したのは1869(明治2)年のこと。日本を代表する菓子舗として目される虎屋だが、和菓子に関する史資料の収集・研究・研究誌の発行などをする「虎屋文庫」や、ギャラリーの運営、文化活動にも熱心なことで知られている。

 海外からの観光客も多く集まる東京ミッドタウンの店には、喫茶とともにギャラリーが併設されている。07年3月のオープンから、これまでに40回以上の展示を開催。14年からは企画展に加え、日本の伝統的な食まわりの道具を展示販売する「とらや市」をスタート、10月6日からの4回目は「鍋と釜」がテーマだ。

 企画担当の橋本恒平さんにコンセプトについて聞いてみた。「和菓子にとどまらず、器や郷土玩具、落語など、広く和について紹介しています。直球、変化球とおりまぜていますが、軸となっているのは日本文化です」

 併設店舗では企画に関連した限定菓子や雑貨などが販売され、売り上げにも貢献している。

「日本列島は南北に長く、それぞれの土地で培われた多様性に満ちた文化があります。ギャラリーでの展示を通じて、広い意味での日本文化についても紹介していけたらと思っています」

●餡文化衰退への危機感

 端正な丸い最中の皮に、レーザーであけた北斗七星が並ぶ。小豆、大豆、白インゲン──瓶から自分の好みの餡をつけて食べるのが「ぎんざ空也 空いろ」の新作「ななつほし」だ。スタートから6年目のこの秋、パリにオープンする三越伊勢丹でも販売される。

 空也といえば130年の歴史を持ち、夏目漱石の『吾輩は猫である』にも登場。多くの文化人、著名人に愛されてきた「空也最中」で知られる銀座の名店だ。今でも事前に予約をしないと買えない人気だが、規模を大きくすることなく、昔ながらの商いを守っている。しかし、空也の5代目、山口彦之さんが「空いろ」を始めたのは、危機感からだった。

 あるデパートの和菓子催事のアンケートで、お客さんの40%が「ようかんを食べたことがない」と答えていたのを知る。

「このままでは餡の文化は衰退する」と新しい切り口で和菓子の魅力を伝えたいと考えた。それは、餡を「豆のジャム」として提案することだった。

「空也は守りの店と思われがちですが、結構攻めてきました。祖父は戦後、上野から銀座へ店を移し、父は餡を練る釜にIHを導入した。僕も、和菓子の魅力を日本と世界に伝える挑戦ができればと思っています」

 今回の取材で感じたのは、和菓子舗が共通の危機感を抱えているということだった。たとえば、いつでも好きなものが買える「コンビニ文化」のなかで失われる季節感であり、当たり前だった生活文化や職人仕事が消えていくことへの懸念だ。

 和菓子は、季節を大切にする。時期を外すと食べられないものもある。それを「文化」ととるか「不便」と思うのか。和菓子がどこまで愛されるのかは、私たちが日本の文化の粋を残し、世界に伝えられるかにかかっている。(ライター・矢内裕子)

※AERA 2016年10月17日増大号