上からはプレッシャー。下からは突き上げ。両方にさらされる存在が「課長」だ。日本経済が停滞する中、労働環境の厳しさも増している。それでも結果を出さねばならない。「課長」が大切にする基本とは。

 クラウド上で名刺データを管理するサービス「Sansan」を法人、個人向けに「Eight」を提供するSansan(本社・東京)。俳優・松重豊がCMで「それさぁ、早く言ってよ〜」と嘆く、あれだ。

 エンタープライズ営業部シニアマネジャーの芳賀諭史(はがさとし)さん(37)は、このサービスの導入社数を飛躍させた立役者の一人だ。

●会社史上最大の案件

 週末、課のメンバーを集めた「オフサイトミーティング」でこんなクイズを始めた。

「このメンバーの中に、バスケットボール年代別代表に選ばれた人がいます。誰でしょう?」

 普段とは違う場所で開いた、特別な会議。事前に聞き出しておいたメンバーのプロフィルをクイズ形式で共有し、親睦を深めるのが狙いだ。

 何のためにこんなことをしたのかは後述するとして、2013年に大手の総合人材サービス会社から「よりベンチャー気質の会社で仕事がしたい」と、Sansanに転職。営業担当になった。営業の経験はほとんどなかった。一から勉強しようと、ハウツー本を積み上げて読んだり、ユーザーが出展する展示会に足を運んで、Sansanが使われる現場を見て直接サポートしたりした。

「相手が製品を使うシーンを想像できるようなセールストークができるようになりました」

 新しいことに取り組む前は「基本」に返ること。それが芳賀さんの成功の法則だ。当時は、営業職に求められる基本を学び、それを徹底した。身だしなみは清潔にして第一印象をよくする。メールには少々事務的でもなるべく早く返信する。夜の接待は得意ではないが、そのぶん「新たな提案書を作ってみました」「こういう使い方はどうでしょうか」と営業先の担当者に繰り返し働きかけて、人間関係を築いた。

 入社して約1年で、07年の会社創業以来初という1部上場企業の大型案件受注に成功した。

「それまでは月100万円以上の受注はなかったのですが、これは月140万円近い額となりました」

 契約にはまだ遠いとみられていて、未経験者の芳賀さんに担当が回ってきたことがきっかけだったと振り返る。

「費用対効果はどうか」

「クラウドサービスのセキュリティーは信頼できるのか」

 稟議(りんぎ)が上がっていくたびに、先方の担当者から指摘が飛んできたが、自社の法務部門や開発部門にも頻繁に足を運んで解決法を探り、契約にこぎつけた。

「営業先の要求と社内でできる範囲が離れていても、なんとかできる可能性を探りたい、と思って進めました」(芳賀さん)

 他の部署に面倒な手続きが発生する場合は、手順書を整理して渡し、説得する。そういった仕事を着実にこなし、15年には中央官庁との契約に成功。中央官庁が導入したことで、Sansanのサービスに対する信頼度は大きく向上した。

●マネジャーに転換中

 半年前、シニアマネジャーとして部下を率いる立場に昇格。プレーヤーとしてのスキルはあっても、前職も含めてマネジメントの経験はなかった。

「正直、会社ではプレーヤーとして結果を出すことがすべてと思っていました」

 再び「基本」に立ち返った。開いたのはドラッカーの名言を集めた『仕事の哲学』。

<組織内の摩擦は、相手の仕事、仕事のやり方、重視していること、目指していることを知らないことに起因する>

 その指摘への答えが、冒頭のオフサイトミーティングだった。

「部下には男性も女性もいるし、全員に『飲みに行こうか?』と誘うのも難しい。そんなメンバー同士が打ち解けるイベントはどうすればいいか考えて、このスタイルを思いつきました」

 プレーヤーからマネジャーへ。難しいシフトチェンジ実現にも、やはり「基本を忠実に実行すること」だと芳賀さん。

 一昨年に結婚し、今年長女が誕生した。独身から夫、父へのシフトチェンジも敢行中だ。

「やっぱり育児書をたくさん買い込んで研究しています」

 と、妻の明恵さん(35)は笑う。

(編集部・福井洋平)

※AERA 2016年10月10日号