2012年の4月、ヤフーの体制が大きく変わった。現社長の宮坂学氏がCEOに就任。経営陣が新たに打ち出したのが「課題解決エンジン」というビジョンだ。その一環で、「東北の復興」という日本が抱えた最大の課題をITの力で解決するという壮大な任務を任されたのが、長谷川琢也さん(39)だ。

 この仕事は現地に入らなければできない。「支社を作らせてくれ」と会社に掛け合って「ヤフー石巻復興ベース」の立ち上げを決め、12年7月にチーム5人で宮城県石巻市に移住した。ヤフーのコーポレートコミュニケーション本部社会貢献推進室 東北共創リーダーとして、チームのメンバーと共に復興支援に取り組む。

●ヤフーがやるべきこと

 東北の海産物や食材、工芸品などをヤフーのサイト上でオンライン販売する「東北エールマーケット(旧・復興デパートメント)」の運営、自転車イベント「ツール・ド・東北」での民泊の実施など、石巻チームでさまざまなプロジェクトが進む。日常の動きは個人プレー。長谷川さんがリーダーとして心がけるのは、「ヤフーの社員として現地にいるんだ」ということを常に意識させることだ。

 石巻に入った当初は多方面からSOSの声がかかった。他にやる人がいたりITとなじまなかったりして、ヤフーが社を挙げて取り組むべき課題ではないと判断したものは断ったという。

 ボランティアではなくあくまでも事業。「利益を上げなければならない」は長谷川さんはもちろん、チームに刷り込まれている。例えば、復興デパートメントの取扱額は、11年12月から13年12月までの2年間で2.8億円。大和総研の調査によれば、新たな雇用の創出などを含め、経済効果は6億円を超える。

「復興支援」の意味合いが強かった活動も、時を経てフェーズが変わっている。震災がなかったとしても衰退していたであろう東北。長谷川さんにはその原因と課題が見えてきた。

●シーソーの真ん中に

 いま軸足を置くのは、「漁業の復興」。ワカメ漁師の阿部勝太さん(30)との出会いがきっかけだ。

「漁業の未来に危機感を持つ彼の話を聞いて、地方の課題解決につながるプロジェクトだし、ネットも生かせそう。こいつと何かやりたい、と思いました」

 漁師という仕事を「カッコいい、稼げる、革新的な」ものに。構想ができたのは12年だ。いつもなら動きを加速させるのだが、漁師たちの希望もあって、あえてゆっくり。漁船に乗って波にゆられ、漁師の仕事を手伝って、話を聞きながら仲間を増やした14年、若手漁師団体フィッシャーマンジャパンを立ち上げた。

「ヤフーで10年も働き管理職も経験して、リズムが体にしみついていた。評価のタイミングで成果を出さなくては、と」

 でも、ここではそもそも流れる時間の早さが違う。周囲を説得し、2年間、種まきを続けた。この間に、石巻市や宮城県漁協の協力も取り付けた。相手のふところにすっと入り込む能力は、長谷川さんの強みの一つ。生来の愛嬌(あいきょう)や人懐っこさもあるが、実は慎重な配慮の賜物(たまもの)でもある。

 メールや電話よりも、直接会って話す。メールでは、言い方が冷たくなったり、まどろっこしすぎて面倒に思わせてしまったりするからだ。準備しすぎればうさんくさくなり、その時点で壁ができるから、ネクタイと分厚い資料はNGだ。

 気をつけているのは、どちらかに寄り過ぎないこと。都会と地方。生産者と消費者。ネットとリアルの真ん中にいたい。

「シーソーの真ん中に立つみたいなことです。すごい揺れる。おっとっとっとってなりながら、間に入って話をしながら、バランスをとる。そこに自分の役割があると思っています」

(編集部・高橋有紀)

※AERA 2016年10月10日号