1978年のキャンディーズ解散、80年の山口百恵の引退で、心にポッカリと穴が開いた人が多かった。しかし、ファンの傷心は、すぐ癒やされていく。日本中が熱く燃えていた80年代、それは史上最強のアイドル時代でもあった。80年代ブームが再燃するなか、松本伊代さんに当時の話を聞いた。

*  *  *
 キャンディーズさんから始まり、石野真子さん、大場久美子さん、ピンクレディーさん……。可愛い衣装を着て、歌って、踊ってというアイドルに憧れていました。

 15歳のときにいくつかオーディションを受けてみました。ホリプロも受けたけど落ちました。歌審査で落ちたのかな(笑)。河合奈保子さんの「大きな森の小さなお家」を歌ったんですけどね。

 その後、原宿の歩行者天国でスカウトされました。中学3年の1月か2月のことです。半信半疑で母と事務所に行ったら、2日後くらいに「トシちゃん(田原俊彦)の妹役のオーディションがあるから行ってきて」と言われて。それで受かって、本当に芸能界に入ることになったんです。進学する高校も決まっていたんですけど、そこは芸能活動は駄目だということで、ギリギリで堀越高校に入ることに決まりました。

 オーディションで受かった何日後かの記者会見で、初めて田原俊彦さんに会いました。私、たのきんトリオが大好きだったから夢のようで。いや、なんか、もう、ドキドキでしたね。

 その後、学校に行ったら、靴に画鋲入っていました。ほんとにあったんです(笑)。たのきんファンからは恨まれたんですねえ。事務所に送られて来るファンレターも、ほとんど剃刀入り。雑誌の表紙の私の顔に待ち針が刺されていたりとか、私の写真がビリビリに破かれていたりとか(笑)。そんなのがしょっちゅう送られてきました。事務所の人からは「絶対に自分では開けるな」と言われて、開けたのを見せてもらったんです。

 歌のデビューも決まりました。「センチメンタル・ジャーニー」の衣装は、赤で蝶ネクタイなんですけど、これは自分でデザインしました。こういうのを着て歌いたいっていう念願がかなって嬉しかったです。(バックコーラスの)キャプテンとは、すごく仲がよくって。私、82年組といわれてますけど、実際のデビューは81年の10月なんで、同期のみんなから最初のうちは「伊代さん」とさん付けで呼ばれていた感じで……。そういう同期の人たちといるより、キャプテンと一緒の時間のほうが長かったですね。今でも付き合いが続いているんですよ。

 学業との両立は、堀越高校だからすごいサービスをしてもらって(笑)。試験だけは受けてくれという感じだったと思います。午前中の授業だけ出て、午後には仕事に行っていました。単位の埋め合わせの方法がいろいろあるので、なんとかなりました。

 ピンクレディーさんは、寝る暇がなかったので立ったまま眠っていた……という話を聞いたことがありますが、私はそんなことはありませんでした。当時の平均睡眠時間は4〜5時間くらいですかね。デビューのときに「2年間はお休みはあげませんからね」と言われたんですが、その通り、休みはなかったです。土日は地方に行っていました。

 ファンも熱い時代でしたので、地方に行ったときは、コンサート会場からホテルに移動するのにも技が要りました。楽屋口にすごい人が集まって出られないという感じでした。機材車に一回乗ったりして、移動の車が分からないようにするんです。会場にはブンブン(といってバイクを運転する真似をする)の人たちがたくさんいて、追いかけてきますから。だから、会場からホテルに直行するだけで、どこかへおいしいものを食べに行くということもなくて、だいたいがルームサービスでした。

 当時は堀ちえみちゃんと仲良しだったかな。いろんな話もしましたけど、事務所の人からは「お金の話は一切するな」と言われていました。比べちゃいけないからですね。ただ私は自宅に住んでいましたし、給料は振り込まれても母が管理していたので、自分のお金がどうなっているかわからなかったんですけど。

 ちえみちゃんは事務所の人に言われて、譜面台だったり鏡台だったりを自分で買って、その領収書を処理していました。すごい偉いなあと思いながら見ていました。私の場合は、全部事務所で買ってくれましたから。

 買ってもらうといえば、事務所の社長さんがいろんな物を買ってプレゼントしてくれました。その頃は全然興味がなかったブランド品のバッグとか時計とか。しばらくしてから、それがカルティエだったりロレックスだったりと分かって、これ、すごーーいって。もうびっくり。こんなすごいのをプレゼントしてもらってたんだあ、と。

「オールナイトフジ」のMCをやらせていただいたのも良い経験でした。最初は18歳になる前に、VTRで出演するコーナーだったんです。深夜の時間の生放送は、18歳以上でなければ出演できないので。高校3年の6月に誕生日がきて、それでMC席に座らせてもらいました。その後「この番組を続けるために、女子大生になったらどうか」と言われて、それで短大に入学しました。進学するかどうか、すごく悩んだ記憶があります。

「オールナイトフジ」は毎週、楽しかったですね。生放送で鍛えられました。言っていいことと悪いことも分からなかったし、放送禁止用語も言っちゃったりして、いろいろと失敗しました。自分の著書を「まだ読んでない」と言っちゃったり(笑)。スタッフの皆様にはご迷惑をおかけしたみたいですけど、番組作りに参加したみんながキラキラしていたというか。今と比べるとずっと豪快な感じで番組を作っていたような気がします。打ち上げもすごかったですし。

 もうデビューから35年になるんですね。今度、35周年のライブを行います。キャプテンも参加してくれるんです。写真集みたいな写真がたくさん入った大き目のCDとDVDを出して、それを買ってくれた方とハイタッチをする予定です。皆さんにまたお会いするのを楽しみにしています。

松本伊代(まつもと・いよ)
1965年東京都生まれ。81年10月「センチメンタル・ジャーニー」でデビュー。28日にフォトブック付CD&DVD「YAPPARI I・Y・O‘16」発売。10月15日と11月2日、Mt. RAINIER HALL SHIBUYA PLEASURE PLEASUREで「やっぱり伊代ちゃん’16」開催

※週刊朝日 2016年9月30日号記事に加筆