東西の歌舞伎で獅子奮迅の活躍を見せる花形俳優は、舞台を離れてスーツ姿になっても匂い立つような色香に包まれていた。3年前テレビドラマ『半沢直樹』でオネエ口調の国税局員を演じて大ブレークしたのも記憶に新しい。歌舞伎の花形俳優にして現代劇・時代劇と八面六臂(ろっぴ)で活躍する片岡愛之助がその「仕事論」を『アエラスタイルマガジン 32号』(朝日新聞出版)で大いに語った。その一部を特別に紹介する。

*  *  *
 映画で仮面ライダーを演じようと、テレビドラマで名探偵や刑事を演じようと、大河ドラマで名将を演じようと、僕の身体はどこを切っても歌舞伎俳優だと思っているんです。確かに、テレビや映画など映像の仕事と歌舞伎ではギアの入れ方がまったく違ってくる。

 歌舞伎俳優がお役のために自分で顔を白く塗ったり、隈(くま)取を描いたりとメークアップをすることを「顔をする」と言いますが、僕たちはこの顔をこしらえている間に自然にお役へ感情と身体を移入していくようにできています。しかも無意識のうちにやれる。しかし、映像ではカメラや照明のテストなど何回もあり、本番に演技をマックスにもっていかなくてはなりません。メークの直しが入ったり、一息をついてから本番を迎えるなんて、なんと歌舞伎の舞台とは違うのかと最初は面食らったものです。

 何があろうと常に本番は一回限り。これが生の舞台です。歌舞伎だけでなく舞台役者なら同じだと思います。映像も「テストのほうがよかった」では通らない。本番がベストであることは一緒なんですが、舞台は一期一会の一回性のなかで生きているライブ。これがたまらなく楽しいのです。

 一回限りの本番ゆえに、歌舞伎の舞台ではさまざまな「失敗」が起きてきます。草履の鼻緒が切れる。踊っているときに扇を落としてしまう。戸が外れてしまう。大道具が倒れ込んでくるなど、舞台では「失敗」は日常的に起きます。「棒しばり」という、左右いっぱいに広げた両手を両肩に渡した長い棒にくくりつけられた状態で踊る有名な踊りがあります。これを踊っているときでした。この状態で花道から後ろ向きに本舞台へ走りだしたとき、あっと思った瞬間に足を滑らせた。そのまま滑っていったら舞台の壁にぶつかるかもしれない。よく危機に出遭ったとき、心象がストップモーションのように見えると言いますが、まさにそうでした。勢いがついたまま後ろに引っくり返れば、棒が折れる可能性もある。棒が折れたら「棒しばり」の舞踊にはなりません。とっさの判断でわざと転んでから起き上がった。後から「すごい振りでしたね」と言われたように、踊りの振りのひとつのように見せたのです。客席からは大拍手が起きました。失敗を失敗に見せない。それがプロなのだということを父の二代目片岡秀太郎からずっと教わってきたのです。

 舞台では常に最悪な状態を想定しておきなさいと父は言っていました。そうすれば何が起きても動揺しない。扇を落としたら手踊りにすればいいと。父は決して失敗をフォローするハウツーを教えてくれたのではありません。プロ意識をもつとはどういうことかを教えてくれたのです。本番で失敗しても動揺しないこと。動揺を見せないということです。

 これはサラリーマン社会にも通じるはずです。人は誰でも必ず失敗をします。必ず危機に立つことがある。そのとき求められるものは、どんな状況下に置かれても冷静に務めるということです。冷静に判断し対処する。そのうえでマイナス状況をいかにプラスに変えられるかを考える。どんな職業についていても、それがプロ意識だと思います。

(構成・守田梢路)

※アエラスタイルマガジン32号より抜粋