手術やけがの傷痕が過剰に盛り上がるケロイドは、痛みやかゆみ、見た目のつらさに悩まされる。手術と放射線治療、ステロイド注射などで根気よく治療することで改善が望めるようになった。

 日常生活の中で、切り傷ややけどを負うことがある。傷ができると、「線維芽(せんいが)細胞」と呼ばれる細胞が働き、欠けた部分を修復する。

 しばらくの間、皮膚の表面に赤く傷が残り、かゆみをともなったりするが、やがて症状はおさまって白やうすい茶色の痕だけが残る。これが傷が治った状態で、医学的に傷痕は成熟瘢痕(せいじゅくはんこん)と呼ばれる。

 一方、傷を修復する線維芽細胞の働きが、なんらかの原因で過剰になり、傷痕の肉が赤く盛り上がったままになることがある。これが肥厚性瘢痕やケロイドだ。いわば「傷を治そうとしすぎた状態」といえる。

 肥厚性瘢痕とケロイドの違いだが、肥厚性瘢痕は患部が盛り上がるものの、その広がりは傷痕の範囲は超えない。そして、いずれ傷痕の盛り上がりは平らになり、成熟瘢痕となる。

 一方、ケロイドは患部の盛り上がりが傷痕の範囲を超えて周囲に広がっていく。強い痛みやかゆみをともなうのも特徴だ。自然に治癒することは難しい。

 ケロイドができやすいのは、胸や肩甲骨の周囲、上腕など、動作や呼吸などで日常的に皮膚の伸び縮みがよく起こるところだ。これらの場所では傷の部分の皮膚が繰り返し引っ張られ、それが物理的刺激になって、表皮の下にある真皮に炎症が続き、線維芽細胞が過剰に働いてしまう。病変がひじや肩などの関節に及ぶと、ひきつれのせいで曲げ伸ばしが困難になる。

 ケロイドの発症にはこのような物理的刺激と遺伝的な体質などが関与することがわかっているものの、詳しい原因は明らかになっていない。日本医科大学病院形成外科の小川令医師は、次のように話す。

「物理的刺激を受けるという局所要因や遺伝的要因、それに高血圧やホルモンなどの全身状態の因子が組み合わさって、傷がきれいに治る人、肥厚性瘢痕になる人、ケロイドになる人の差があらわれると考えられます」

 ケロイドのおもな治療方法は、盛り上がった組織を切除する手術と放射線治療、ステロイドなどを用いた保存的治療だ。かつてケロイドは治らないといわれていたが、複数の治療法を組み合わせることで、改善することが可能になった。

 京都市に住む平田郁子さん(仮名・75歳)は56歳のとき、乳がんで左乳房を全切除した。10年ほど経って縫合の痕がある胸の中央部分だけ赤く盛り上がり、徐々に大きく広がってきた。そのため70歳のときに京都大学病院の形成外科を受診した。

 形成外科科長の鈴木茂彦医師はケロイドと診断し、手術と放射線治療をおこなうことにした。

 手術では、慎重にケロイド部分を切除・縫合する。手術が皮膚への新たな物理的刺激となり、ケロイドを悪化・再発させてしまうことも珍しくないからだ。

「手術では、皮膚にかかる力をできるだけ低くするよう切除法・縫合の仕方を工夫します」(鈴木医師)

 たとえば縫合するときに形にジグザグに縫い張力がかかる方向を分散する、また縫合により張力が強くなる部分は無理に切除しないなど、刺激を最小限にとどめる。

 さらに手術の3〜4日後から放射線治療を開始する。放射線には線維芽細胞の増殖を抑える効果が期待される。用いるのは電子線というもので、真皮よりも深い皮下組織に影響を与えにくいので副作用のリスクを低く抑えられる。一般的に、15〜20グレイ(Gy)を1〜3日に1回、計4〜6回程度に分けて照射する。

 平田さんは術後、5回に分けて合計20の照射を受け、傷痕の盛り上がりもなくなった。だが、1年半後に一部が再発してしまった。

「重症のケロイドの多くは、術後に再発してしまいます。しかし、すぐに保存的治療をすることで、症状を最小限に抑えることができます」(同)

 平田さんは再発部分に炎症を抑えるためのステロイドの局所注射(患部に直接注射)を5回受けた後、しばらくステロイド含有のテープを貼ったところ、ケロイドはおさまった。術後5年以上経つが、その後の再発はない。

 肥厚性瘢痕とケロイドの診断をつけるのは難しい。見た目は重症でケロイドのようでも、時間が経てばおさまっていく肥厚性瘢痕がある。また成熟瘢痕の中の一部分だけ、ケロイドになっているような症例もある。

「ケロイドでは、まず的確な診断で肥厚性瘢痕との鑑別をおこなうことが治療の第一歩です」(同)

 また、再発を防ぐために、一度ケロイドになったことのある人は、何かの手術を受ける際には、担当医師に申し出ることが大切だ。

※週刊朝日  2016年9月23日号より抜粋