どこか懐かしい響きのある路面電車。新機能が加わった“次世代型”が今、注目を浴びる。整備には課題もあるが、高齢化社会の救世主になるか。

 JR宇都宮駅から東に約10キロ、自動車で約30分の地に広がる住宅地、テクノポリスセンター地区。キヤノンや本田技研などのある工業団地群に近く、1997年度から区画整理事業が始まった。そこに2021年度を目指し小学校を新設する計画が持ち上がっている。市内の小学校新設は95年以来、合併前の宇都宮市に限ると90年以来だ。

 この地の人口増を後押ししているのが、LRT(次世代型路面電車システム)だ。宇都宮駅の東口からこの地区を通り、本田技研の工場がある隣町の芳賀町まで約15キロを結ぶ計画で、宇都宮市は16年度の着工、19年度の完成を目指している。4年前からここに住む40代のパートタイム女性は、

「この地区は市内行きのバスも少なく料金も割高。今後自分たちが年をとって自動車通勤が難しくなったり、子どもがJR宇都宮駅を使って通学、通勤したりする可能性を考えると、LRTが来ることはありがたい」

 と期待を寄せる。

「『市内に家を新築したいが、LRTの計画はどうなっているのか』という問い合わせも来るようになりました」

 そう語るのは、宇都宮市LRT整備室の大根田友範さん。市街地から鬼怒川を越えて東部の工業団地群を結ぶ交通はこれまで車に頼ってきたが、慢性的に渋滞が発生し、市は約20年前からモノレールや新交通システムを検討してきた。その中で「都市規模を考えると一番適切」として浮上したのがLRTだった。総工費458億円の半額は国が負担し、2市町が計51%を出資する「宇都宮ライトレール株式会社」が運行を担当する。開業2年目から単年度黒字が実現されると市は試算する。

●中核都市にマッチ

 日本の路面電車は最盛期の1932年、82の事業者が計1479キロに及ぶ路線網をもっていた。だが自動車の普及で大阪市(69年)、横浜市(72年)、名古屋市(74年)、京都市(78年)と路面電車を全廃する都市が相次ぎ、現在は上のチャートのとおり19事業者、計約200キロにまで路線網が縮小した。

 それが21世紀に入り、路面電車が都市交通の活性化につながるとして再評価されるようになった。起爆剤となったのが、車両の床を低くしてバリアフリーを実現し、道路や他の交通機関からの乗り換えをスムーズにする新しい路面電車、LRTだ。

 バスと鉄道の中間的存在として「中量輸送」を担う。人口数十万人規模の中核都市の輸送にマッチし、高齢者や子連れでも乗り換えしやすく、環境にもやさしい。『地域再生の戦略』などの著書がある関西大学教授の宇都宮浄人さんはこう語る。

「日本では高齢化が進んで車に頼れない層が増えていることに加え、年配の人だけでなく若い人も町なかに出てこなくなっている。気軽に乗り降りしやすいLRTはそういう人々に町に出るきっかけを与え、都市を再生させるツールになるのです」

●乗り入れで利用者3倍

 国土交通省は「人と環境にやさしい公共交通」として、05年から「LRTプロジェクト」を推進。06年にはJR西日本の富山港線がLRT化され、富山市などが出資する第三セクター「富山ライトレール」として生まれ変わった。JR時代に比べ倍以上増発されたこともあり、15年度の輸送人員は205万人と開業前に比べ倍以上に増えている。開業直後のアンケートでは、60代以上の利用者数は平日で3.5倍、休日で7.4倍に。富山市では09年に富山地方鉄道が運営する路面電車も延伸して環状運転を始めるなど、公共交通機関を軸に都市機能を集約する「コンパクトシティー」づくりを推し進めている。

 富山以外の都市でも後述する東京都豊島区に加え、前橋市、静岡市、新潟市、三重県四日市市、京都市、堺市、神戸市などでLRT構想が続々と持ち上がった。その中で宇都宮市に先立ち今年、LRT網を拡大したのが福井市。福井市と北の坂井市、東の勝山市を結ぶ「えちぜん鉄道」と、南の越前市を結ぶ「福井鉄道」がLRTによる相互乗り入れ運転を始めたのだ。

 福井市内の一部区間で道路上を走る福井鉄道は、06年に駅のホームを低床化しLRTの導入に備えた。えちぜん鉄道側も福井鉄道との接続駅だった田原町駅から鷲塚針原駅までの駅を低床化し、田原町駅を改修して両鉄道会社がLRTで乗り入れられるように。LRT車両も環境省の補助金を活用して2編成導入した。総工費は約26億円で、乗り入れを始めてから3カ月間の乗り入れ区間の利用者は昨年同時期に比べ3倍に増えた。

 えちぜん鉄道福大前西福井駅で乗り入れ列車を待っていた近くの私立高校2年女子(17)は、「これまで20分かけて隣駅まで歩いていましたが、その時間が一気に短縮されて早く帰宅できるようになった」と語る。

●バスに比べて高コスト

 とはいえ、日本でのLRT普及はなかなか進まない。富山や福井など既存の鉄道をLRT化したところ以外の都市では、計画が頓挫したり検討段階から進まない都市がほとんどだ。世界では1978年にカナダのエドモントンでLRTが開通してから2015年までに150以上の都市でLRTができている。前出の宇都宮さんは嘆く。

「海外のLRT普及率に比べて日本は圧倒的に遅れています」

 LRTのデメリットの一つは建設費用だ。地下鉄に比べれば安いが、専用道路や2台つなぎのバスを利用する「BRT」(バス高速輸送システム)に比べれば高くつく。LRTを検討していた新潟市はBRTに計画を切り替えた。宇都宮市の今井恭男市議(民進党)は批判する。

「LRTの総工費は458億円、BRTなら1台1億円としても20台を20億円で整備できる。まずBRTを走らせ、利用客数を把握してからLRTを検討しても遅くないはず。そもそもLRTでは物流に対応できず、本来ならば自動車も走れる道路や橋を造るのが筋」

●自動車依存を変える

 鉄道ジャーナリストの梅原淳さんは、初期投資に見合うだけの輸送力がLRTでは確保しづらいと分析する。

「鉄道ならば運転士1人と車掌1人で千人の客を輸送できるが、LRTだと千人を輸送するには10人の運転士が必要。特殊な免許も必要でコストがかかる」

 法律上、時速40キロ以上は出せないという制限もある。他の鉄道に比べて、自動車などとの接触事故も多い。

「街中心部の駐車場を高額にするなど、車を減らす施策がなければLRTは困難」(梅原さん)

 一方で宇都宮さんは、公共交通に収益性を求める日本のシステムそのものに異論を唱える。

「海外ではレール敷設や駅建設などの初期投資は完全に公費だし、ランニングコストをまかなえている都市もほとんどない。フランスでは、ランニングコストの5割程度は行政による補助で、街づくりのため運賃を下げているのです」

 単に収益性だけを見るのではなく、中心市街地の自動車の数を減らして自動車以外の移動のバリエーションを増やすという街づくりの方針のなかにLRTを位置づけることが大切なのだ。そのためには宇都宮市のように、行政が資金面で支えることが必要だ。駅前に安い駐車場を提供して乗り換えを促す「パークアンドライド」の推進、鉄道やバスなど他の交通機関とスムーズに乗り換えができるよう「結節点機能」を強化することも大切になる。

●都心にロープウェーも

 今年9月に宇都宮さんが視察したオーストラリアのゴールドコーストでは、14年に全長13キロのLRTが開業した。

「市民の88%が自動車で移動しているという状況を変えたいという街づくりの方針がある。LRT導入後、公共交通全体の利用者が導入前から25%増えている」(宇都宮さん)

 交通コンサルティング会社ライトレールの社長、阿部等さんは、技術革新によるLRTの高速化が普及のためには必要だと言う。

「公共の空間を使う以上、LRTは社会に役立つものとすべき。安全を確保しつつ、キビキビと走らせてこそ価値がある」

 東京都豊島区の高野之夫区長は03年、池袋駅東口のLRT構想を発表した。池袋に会社のある阿部さんは早期実現に向け、地元から提言を続けている。

「鉄道の最先端技術により速度と加減速度を高め、運賃は車内ではなく停留所で受け渡して停車時間を短くする。さらに、交通信号と列車運行を同期させて赤信号での停車を最少とし、池袋と早稲田を急行は4分で結ぶ。こうすれば利用客は増え、池袋も、そこを拠点とする郊外路線沿線も活性化する」

 また、LRT以外で、工期が短くコストが抑えられる方法として、阿部さんが提案するのがロープウェーだ。東京・銀座付近から「晴海通り」上空を通し、人口が増え五輪施設も集まる臨海部とを結ぶプランを提唱する。

 実現すれば、東京から新たな都市交通の文化が発信されるかもしれない。(編集部・福井洋平)

※AERA 2016年9月26日号