満員電車をゼロへ──。

 8月に新都知事となった小池百合子氏が打ち出した公約だ。

 この公約のアイデアを提供したのは、元JR東日本社員で交通コンサルティング会社ライトレール社長の阿部等(ひとし)さんだ。小池氏はかつて「満員電車に乗りたくないから、カイロ大学に留学して通訳を志した」と阿部さんに語ったという。

●都知事公約で現実味

 経路検索アプリ「NAVITIME」では今年4月から、首都圏54路線、720駅を対象に表示された列車ごとの混雑度を6段階で表示する(朝ラッシュ時のみ)「電車混雑予測」サービスを導入した。開発スタッフが実際に列車を見て混雑度を13段階で調査。公表データを加えて解析し、混雑度をはじき出している。今回AERAでは、列車種別ごとの平均値で混雑度「12(押し込まないと入れない)」〜「13(車両に入りきらない)」と判断された区間をリスト化した。特に、郊外から都心部に入る路線の混雑度が異常に高いことがわかる。線路の複々線化や列車の長編成化など鉄道会社も方策を講じているが、満員電車を「ゼロ」にすることは本当に可能なのか。

 方法の一つが、小池知事が公約に掲げた「2階建通勤電車の導入促進」だ。JRの中距離路線に連結されているグリーン車の2階建て車両は、扉が片側二つしかなく、乗降時間が長くかかる。阿部さんが提案する総2階建て車両は、1階と2階それぞれに扉があり、駅のホームも2階建てとし、乗降時間は延びずに乗れる人数が倍になる。交差する道路などを改築せず地下鉄にも導入できるよう、架線とパンタグラフをなくす技術的工夫をする。

「輸送力を増やすために新線を建設するコストの数分の1。終電と始発電車の間に工事を進め、一定区間が完成した時点で線路を切り換えることを繰り返す」

●青信号と同時に出発

 阿部さんはさらに少ない費用での満員電車ゼロプランとして、「運転間隔を縮めて列車を増発する」ための5方策を提案する。

(1)青信号と同時の出発

 例えばJR中央線の場合、行き止まりで2線しかない東京駅での折り返しをスムーズにすれば増発できる。現状、車掌は青信号となってから発車ベルを鳴らしてドアを閉めている。

「現行、2番線からの出発は青信号からだいたい25秒後。青信号の25秒前に発車ベルを鳴らせば、青信号と同時に出発でき、運転間隔を縮められる。誤って赤信号で出発してもATS(自動列車停止装置)で列車は止まるので、安全性は下がらない」

 他にも同じような路線があると阿部さんは言う。

(2)ドア閉めと同時の出発

 すべてのドアがきちんと閉まっているか確認する時間も短くできると阿部さんはみる。4月に東京メトロ半蔵門線でベビーカーを挟んだまま列車が走る事故があったが、「車掌や駅員の目視頼みではなく、ドア挟みの検知感度を上げて確認の時間を短くすれば、運転間隔を10秒くらい縮められる」という。

 残りの3方策は(3)全列車が3駅ごとに通過する「選択(千鳥)停車ダイヤ」、(4)車両の加減速度向上、(5)信号の機能向上、だ。

「(5)については、列車の位置を今より正確に検知し、後続列車の制限速度を細かく指示できるシステムを開発したい」

 この5方策をすべて実行した場合、「技術者の腕次第だが、安全を確保したうえで中央線など終端折り返しのある路線で1分20秒に1本(1時間に45本)、東京メトロ東西線など都心を貫通する路線で1分に1本(1時間に60本)を運行できる」と阿部さんは言う。現行の各路線は1時間に20〜30本なので、輸送力は1.5〜3倍になる計算だ。

●実現性は薄いが

 実際にこの方策は可能なのか。まず(1)について、JR東日本は「運転士が赤信号で出発させるヒューマンエラーの新たな要因となる。列車衝突の恐れがあり、安全装置が動作すると対処に時間を要し大きな輸送障害になる」と回答。別の私鉄は「いつ青信号になるかわからないのにドアを閉めることは想定しづらい」「列車間隔がちぢまるとノロノロ運転になりやすい」ともいう。阿部さんは「赤信号では列車が起動しない仕組みに改めれば、事故も混乱も生じない。また、終端駅ではいつ青信号になるかのパターンはある程度読めるはず」と反論する。

(3)について「実現性が薄い」と指摘するのは、曽根悟(さとる)工学院大学特任教授だ。

「例えば東急田園都市線の渋谷駅といった大ターミナルを通過する列車の設定は非常に難しいだろう。降車専用ホームを造るなどの投資をしたほうが効果的」

 また、(2)のドア感度向上についても「ハンドバッグのヒモのような数ミリのものまで検知できる感度がないと成立しないことを考えると、現実味は乏しい」という。ただ、「小池都知事が公約に掲げたことで鉄道会社に対し混雑問題に取り組むプレッシャーをかけられる。混雑する金曜夜に増発するなど、すぐにできる施策もある」とも評価する。

 東京と横浜、横須賀を結ぶ京浜急行電鉄は昨年、国土交通省が主催する「日本鉄道賞」の特別賞を受けた。「線路配線や信号などの地上施設、運行管理システムなどの設備の改良」などにより、高頻度運転を保ちながら安定的な輸送を実現している。ある識者は「JRと並走していることもあり、速さに対する意識が高い。ダイヤが乱れても列車を動かせるところまで動かし、臨時列車も柔軟に仕立てて早期に通常ダイヤに戻し混雑を防ぐ」と評価する。満員電車をゼロにする一歩目は、こういった鉄道会社の「やる気」にもかかっているのだ。

●利用者の費用負担も

 満員電車ゼロのために、阿部さんは利用者の費用負担も訴える。例えば、ICカードを利用した着席割増料金の設定だ。

 車内でICカードをタッチすることでいすを引き出せる仕組みで利益をあげ、それを増発や総2階建て化などの費用に回す。また、「混雑が激しい金曜深夜の増発も、自動改札により1人数十円の深夜割増を設定すれば実現できる」と語る。時差出勤も、ラッシュ時の運賃を上げることで後押しする。

「多少の負担をすれば満員電車をなくせると利用者が気づけば、満員電車ゼロは実現できる」

 満員電車がゼロになれば、郊外の広い家に住むインセンティブも高まる。郊外居住で快適通勤するためには交通費が1世帯で月に6万〜10万円増えるというが、それを差し引いても広い家に住める。例えば日比谷線広尾駅周辺では60平米、2LDKで家賃約20万円はかかるが、そこから東武伊勢崎線経由で約1時間20分の北春日部駅(埼玉県)までくると十数万円で100平米近い一軒家に住める。満員電車ゼロ政策は、人口減少に直面する首都圏郊外を活性化させる切り札になるかもしれない。(編集部・福井洋平)

※AERA 2016年9月26日号