日本人らしさを武器に、日本人初のパリコレモデルとなった故・山口小夜子。その生涯を知ると、美とは何か、挑戦するとは何かが見えてくる。

「東洋の神秘」「かぐや姫」「ミューズ」「大人の顔をした少女」……。世界はモデル・山口小夜子(故人)の美しさをこう表現した。1970〜80年代、日本人の多くが欧米文化に憧れ、広告では海外のモデルばかりがもてはやされた時代に、黒髪のおかっぱ、切れ長の目、深紅の唇という日本人らしさを武器に、世界のランウェーに挑んだ女性だ。

●憂い、恍惚、挑発…

 そんな彼女の生涯を、過去の映像と山本寛斎ら関係者の証言で辿ったのが、ドキュメンタリー映画「氷の花火 山口小夜子」だ。文化庁映画賞文化記録映画部門大賞を受賞。9月にカナダで開催された第40回モントリオール世界映画祭・ドキュメンタリー部門に出品された。監督は山口と親交が深かった松本貴子さん(56)だ。実は今年のモントリオール映画祭は、開催直前に資金不足が発覚。この映画も上映中止になりかけていたが、松本監督の猛烈な交渉の末、なんとか上映にこぎつけたという。

「現地の人から『美意識を磨きたい』という感想を聞きました。確かに小夜子さんのパリコレや資生堂のCMの映像は美しくて、刺激を受けます。この映画をつくったのは、小夜子さんの映像、写真などをアーカイブ的に残しておきたいという気持ちもあったんです」

 日本の上映館に足を運ぶと、16回目というリピーターの中年男性、山口の髪形やメイクを真似した「さよコス」の女性、セーラー服姿の女子高生など、幅広い支持を集めているのがよく分かる。モデル事務所の社長が自社のモデルたちに観覧させることも多いそうだ。インスタグラムにつく「いいね!」の数ではなく「表現することの喜び」を山口から学んでほしいという。

「もちろん他者からの評価も大切ですけど、小夜子さんは自分が心から良いと思ったものを表現することに勝負をかけていました。そのためには顔や身体だけでなく心も綺麗でいたいという理想があって、自分を厳しく律していましたね。『美しいことは苦しいこと』とつぶやいたのが忘れられません」(松本さん)

 山口はつらくなると纏足(てんそく)の展示を見に行った。苦しさを伴ってまで美を追求する姿勢に、自らを鼓舞したのだ。感性を磨くための読書、映画鑑賞、観劇は膨大な量だったという。憂い、恍惚、挑発……見る者を惹きつけてやまないあの表情の裏には多大な努力があった。

●日の丸を背負う気持ち

 山口は「美」と同じくらい「日本」にこだわった。イヴ・サンローラン、ヴァレンティノ、ジャンポール・ゴルチエなど世界のトップブランドのステージに立っても、プライベートでは日本ブランドの洋服を着て、海外の高級ブランドに興味を示すことはなかったという。

「日の丸を背負っているという気持ちもどこかにあったのかもしれない。でもそこに民族性にとらわれるような悲壮感はないんですよね。日本の西欧化がすすんでいく中で、自分が本当に大切にしたいものは何か、模索した末に確固たるものを見つけたんだと思います。そういえば、リオ五輪の閉会式で流れた日本を紹介するVTRに出てくる女性のほとんどが黒髪で前髪ぱっつん、切れ長の目なんですよ。小夜子さんが築いたジャパンビューティーが受け継がれていて、すごく嬉しくなりました」(同)

 美しさの価値観にも多様性が必要だ。パリコレのランウェーを日本人形のような山口が歩いてもいいし、ミス・ワールド日本代表がインド人と日本人のダブルだって素敵じゃないか。「まわりからどう思われるか」なんて気にすることはないのだと、山口の生き方は教えてくれる。(編集部・竹下郁子)

※AERA 2016年10月3日号