私たちの身近にある洗剤や石けん、消毒液などに含まれている界面活性剤。これが今回の事件で「凶器」となった。果たしてその危険性はどれほどなのか。

 横浜市神奈川区の大口病院で88歳の男性患者2人が中毒死した。点滴に消毒液が混入され、それに含まれる界面活性剤が中毒を引き起こしたとされる。

 この界面活性剤は、身の回りにある洗剤や石けん、化粧品などにも含まれていることがある。それほど身近にありながら、今回は「凶器」となった。その界面活性剤の殺傷力とは──。

 使われた消毒液は塩化ベンザルコニウムをエタノールで割った「ヂアミトール」という商品だった可能性が高く、院内のさまざまな場所に設置されていたことがわかっている。

●高濃度なら死の可能性

 塩化ベンザルコニウムは毒性の強い界面活性剤「逆性石けん」の一種。希釈して使えば安全だが、誤って体内に取り入れると最悪の場合は死に至ることも。動物実験では、1キログラムの体重に対し525ミリグラム経口投与すると、半数が死ぬという結果も出ている。ヂアミトールは医療現場で使われることが多く市販されていないが、塩化ベンザルコニウムを水で割った消毒液はドラッグストアなどで売られている。

「逆性石けんは、濃度が高ければ一口飲んでも危ない。量によっては比較的短時間で死に至る可能性もあります」

 こう話すのは薬物中毒に詳しい筑波大学名誉教授の内藤裕史さん。ヂアミトールに含まれる塩化ベンザルコニウムの場合、通常0.025%程度に希釈して使われる。逆性石けんは規定の濃度を守れば安全な消毒液だが、高濃度で人体に入ると、強いアルカリや酸のように細胞を破壊し、体内がやけどのような症状になる。

 体内に取り込んだ場合、まずは痛みを感じ、皮膚や粘膜の炎症が起こる。その後血管中の水分が滲み出て全身に浮腫ができる。浮腫が広がると、血液や細胞の水分が奪われてしまい脱水症状を引き起こす。これが多臓器不全につながって最悪の場合、死に至る。

「高齢者は若者に比べ、体液の量が少ない。そのため、逆性石けんが体内に入った場合の影響は高齢者のほうがひどく出ると考えられます。かつて静脈に誤って投与する事故もありましたが、このときは患者が痛みを訴えました。今回は寝たきりの高齢者なのでそれもできなかった」(内藤さん)

●致死量のデータなし

 体内に取り込むと非常に危険な逆性石けんだが、柔軟剤やヘアリンスに使われることもある。調理器具や入れ歯の消毒をするためにドラッグストアなどで購入する人も多い。かつてO157対策に、一般家庭で広く使われたこともある。だが、1990年代には誤飲事故が相次いだ。96年には都内の特別養護老人ホームで高齢者5人が塩化ベンザルコニウム入りの洗浄剤を誤って飲み、1人が死亡した例もある。

 こうした事故により、医療・介護の現場では誤飲の危険性はよく知られるようになった。都内の40代看護師は話す。

「高齢者やアルコール中毒患者などが、間違って飲む可能性があるため管理に気をつけています」

 ただし、今回のように故意に注入されたとしたら──。そのような想定がないため、界面活性剤をどれくらい体内に取り込むと死に至るかという明確なデータはない。日本界面活性剤工業会に問い合わせてもこうだ。

「血管に注射した場合、致死量がどのくらいかというのは……。普段から薬剤に慣れ親しんでいる私たちでもわからない」

 となると、今回の殺意ははたしてどれほどだったのか。先の看護師はこう話す。

「すべての薬は使い方を間違えると致死性がある。医療現場では、基本的にすべての薬は危険だと分かったうえで使っています。しかも点滴に入れる薬剤ではないわけですから、相当な悪意があっただろうと感じますね」

(編集部・山口亮子)

※AERA  2016年10月10日号