東京都立広尾病院(渋谷区恵比寿)の不可解な移転問題で進展があった。本誌(9月30日号など)の一連のスクープなどにより、国と都の土地売買交渉が凍結されたのだ。問題のキーマンの一人、佐々木勝・前広尾病院長(64)が、闇に包まれていた真相を、180分にわたり激白した。

「最近は、防犯ブザーをいつも持ち歩いているんですよ。大変なことが起きているのだと思います……」

 佐々木氏は苦笑いしながらこう話した。広尾病院の前院長である佐々木氏は、日本の災害医療の第一人者として知られている。その専門知識を見込まれ、今年4月からは内閣官房参与として安倍晋三首相に災害医療と危機管理について助言する重責も担っている。

 その佐々木氏が身の危険を感じるというのだから、事は穏やかではない。というのも、先月8日に佐々木氏のもとに一通の脅迫状が届き、そこにはこう書かれていた。

〈出る杭は打たれる。出すぎた杭は打たれない。ただ、引き抜かれるのみ…〉

 佐々木氏が語る「大変なこと」とはむろん、広尾病院の移転問題のことだ。

 広尾病院は2023年に、現在の立地から約2キロ離れた青山エリアの国有地「こどもの城」跡地に移転する計画が持ち上がっている。ところが、土地購入費だけで370億円、病院建設費なども含めると900億円前後が必要となる巨大プロジェクトであるにもかかわらず、今年1月に16年度予算案が示されるまで、移転計画は公表されていなかった。都議会でも十分な議論もないまま、3月にはあっさりと予算が成立。拙速な計画の進め方に、現在は「経緯が不透明だ」などと、地元医師会や病院関係者が猛反発している。

 事実、8月31日に開かれた第1回の検討委員会の会議では、移転が決定するまでの経緯が不透明だとして議論が紛糾。9月末には開かれる予定だった国有地の売買に必要となる政府の審議会も、本誌の特報などで開催の見通しが立っていない。今では、“第2の移転問題”になっている。

「豊洲新市場では『食の安全』をめぐって人々が不安になっていますが、広尾病院の移転計画も『医の安全』に関わる重要な問題。だからこそ私は、自分の知っている事実は、ちゃんと説明しておきたいのです」(佐々木氏)

 では、佐々木氏の証言をもとに、あらためて移転計画の経緯をたどってみよう。

 施設の老朽化が問題となっていた広尾病院は、かねてから改修・改築が課題となっていた。14年までは現地建て替え案が有力視されていたが、それに明確な変化が訪れたのは15年1月21日だった。この日、都の病院経営本部長であるA氏が広尾病院を訪れ、佐々木氏に「技術的な問題などから移転しかないでしょう」と語ったのだ。

「A氏は、現在のNHK放送センターがある代々木エリアと、国有地である『こどもの城』(15年2月1日閉館)の二つの移転候補先を示しました。都としては、移転案で計画を進めたい意向だった。ですが、病院の移転は、たとえ現在の場所から数キロしか離れていなくても、簡単なことではありません。なによりも、広尾病院に通っている患者が困ってしまうからです」(同)

 だが、A氏からは、二つの移転先で病院を建設した場合の経営ビジョンの説明もなかった。しかも、会話の中では都議会自民党の幹部の名前をあげて、了承を得る必要があるとも語っていた。

「医療を担う当事者である病院側の意見を聞かず、都庁職員が都議の名前を出しながら移転案を迫ってきたのは、おかしいと感じました。『移転すること』だけが先に決まっていたとしか思えません」(同)

 移転案に不信感を持った佐々木氏は、6日後の1月27日に、秋山俊行副知事(当時)と面会して直談判をした。

 秋山氏は、A氏が佐々木氏との会話の中で議員の名前を出したことについて、「議員の名前を出したのはよくない」と陳謝。さらに秋山氏は、広尾病院の医療機能や改修・改築についての調査を実施することを提案。それを受けて佐々木氏は、みずほ情報総研に調査を依頼し、6月末までに二つの報告書を作成した。

 だが、この二つの調査報告書も、都が推進する移転案をくつがえす材料にはならなかった。

 佐々木氏は、報告書で示されたデータをもとに、7月13日にA氏の後任の病院経営本部長となるB氏にあらためてプロセスの不備を説明し、「善処する」と言われたが、報告書は黙殺されてしまった。

「その後、私に最後の説明があったのは10月21日でした。その時に私に説明をした都の政策企画局長は、『舛添(要一)知事のレガシー(遺産)にするために青山に建てることが決まった』と言いました。そんなことはおかしいと感じましたが、知事の決定には従わざるをえません。それ以降は何も言えなくなりました」(同)

 そして10月22日には、舛添氏によって青山エリアへの移転の方針が決定されたのである。

「誤解してほしくないのは、私は現地建て替え案に固執していたわけではありません。調査の結果、各案を比較検討して、青山エリアへの移転が最適なら、それを受け入れるつもりでした。それが、移転した後の病院経営に必須の患者の需要調査すらされていない。結論に至るまでのプロセスが、おかしいのです」(同)

 佐々木氏と都の間で交わされたやり取りについて都に尋ねると、

「都庁職員は、職員同士や都議との間で日常的にやり取りを行っており、そのすべてを把握しておりません」(病院経営本部)

 佐々木氏はその後、16年3月末に異動となって院長の職を離れ、4月からは東京都保健医療公社の副理事長に就任している。だが、災害医療の第一人者である佐々木氏に、その専門性を生かすような仕事は与えられていないという。

 自民党東京都連の最高顧問を務める深谷隆司氏は、都庁の実態をこう語った。

「小池(百合子)さんは都議会自民党をブラックボックスと言ったけど、本当の敵は都庁内にもいます。ここを変えなきゃダメだ」

 15年度に都が広尾病院に補填した額は約27億円。十分な病院経営計画もなく、移転を強行すれば、さらに都民の負担は増えかねない。将来、“負のレガシー”になる前に、移転計画は白紙撤回すべきではないか。(本誌・小泉耕平、亀井洋志、上田耕司、西岡千史)

※週刊朝日 2016年10月14日号