台湾と日本の二重国籍問題が取りざたされた民進党代表の蓮舫氏。しかし、この問題で特に不都合なことが起きていないと、ジャーナリストの田原総一朗氏は指摘する。

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 民進党の蓮舫新代表の二重国籍問題が新聞やテレビに大きな波紋を広げている。

 蓮舫氏は1967年に、台湾出身の父親と日本人の母親との間に日本で生まれた。旧国籍法は父系主義だったので、自動的に台湾籍となったが、国籍取得要件が緩和された85年1月の改正国籍法施行からほどなくして日本国籍を取得した。

 このとき、蓮舫氏は「父と一緒に台湾籍を抜く作業をした」と説明してきた。ただし、父親は台湾側の係官と台湾語で話をしていて、台湾語がわからない蓮舫氏には、会話の内容は理解できなかったようだ。彼女は台湾籍を抜いたものだと判断して、そのことに疑問を抱かなかった。だが、実は台湾籍が抜けてはおらず、30年以上、二重国籍の状態が続いたことになる。

 国籍法では原則22歳までに、二重国籍者は日本国籍か外国籍のいずれかを選択しなければならないことになっている。そして、日本国籍を選ぶ場合は外国籍の離脱証明か、放棄宣言のいずれかの書類が必要とされる。さらに放棄宣言の後も、外国籍の離脱に努めなければならない、と努力義務が規定されているようだ。

 蓮舫氏は、85年に台湾籍を抜いたものと信じ切っていたため、いずれの手続きもしないで過ごしてきた。メディアのインタビューにも「生まれたときから日本人で、17歳のときに台湾籍は抜いている」と語っていたのだが、いくつかの厳しい疑問を受けて、念のために、台北駐日経済文化代表処、つまり17歳のときに父親に連れられて行った事務所に、9月6日に除籍の照会をした。すると12日に、実は除籍されていないという返事が来たのだという。蓮舫氏はあらためて台湾籍を放棄する書類を提出した。

 結果として、蓮舫氏は二重国籍のまま3期、参院議員を務め、民主党が政権の座にいた2010年には行政刷新担当相、つまり閣僚を務めていたことになる。読売新聞は9月14日の社説で、「国会議員が自らの国籍を正確に把握できていないとは、あまりにお粗末と言うほかない」「外交・安全保障などの国益を担う国会議員が、自身の国籍を曖昧にしておくことは論外である」と、厳しく批判した。

 繰り返しになるが、蓮舫氏は台湾籍を放棄したものと思い込んでいたのであって、曖昧にしていたのではない。参院議員になるとき、あるいは閣僚になるときに二重国籍がチェックできていなかったとすれば、むしろ国家のチェック機能そのものに問題があるのではないか。

 蓮舫氏が04年の参院選の出馬時に国籍放棄手続きの作業を怠ったのは、政治家としての認識が甘く、資質が問われるという批判を各紙が行っているが、蓮舫氏は作業を怠ったのではなく、台湾籍を放棄したと思い込んでいたのである。確かに容易ならぬ手抜かりではあるが、彼女が台湾籍を有していたことで、具体的に何か不都合な事態が生じたのであろうか。不都合な事態が生じていたとすればそのときに問題になっていたはずで、そういう事態は生じていなかったわけだ。

 民進党の代表選でも、他の候補者からこの件での蓮舫批判は生じなかった。民進党の議員たちは、彼女が混乱を招いたことを謝罪して、すぐに台湾籍放棄の手続きをしたことで、事実上、事態は終わったと考えているのであろう。

※週刊朝日 2016年9月30日号