豊洲で謎の地下空間が発見された築地移転問題では石原慎太郎元都知事が謝罪に追い込まれた。混迷を極めているが、仮に豊洲市場への移転が困難となった場合、新たな移転先はあるのだろうか。

 2001年に豊洲が移転先に決定するまで、他に江東区の中央防波堤内側、有明北、石川島播磨重工造船所跡地、中央区晴海の4カ所も候補地として検討されていた。この中で、広さ、交通アクセス、築地の既存商圏への近さなどを理由に豊洲が選ばれた経緯がある。

 このうち「復活」の可能性が高そうなのが、豊洲市場と築地市場の中間に位置する晴海だ。10年には移転反対派の仲卸業者と民主党(当時)、社民党の議員らでつくるプロジェクトチームが、晴海に仮移転した後、築地を再整備する案を公表。築地の一部機能を晴海に永続的に移す案も示した。豊洲より都心に近く、汚染の心配もない。狭さがネックというが、立体化など工夫の余地がありそうだ。

 ただ、やはり根強いのは築地現地での再整備案。そもそも1986年、都は現地再整備を決定し、91年には工事に着手。約400億円を投入したものの、工期の遅れや整備費の高騰などから断念した経緯がある。ただ、当時の整備費の試算は約3400億円で、結果的に約5900億円と言われる豊洲への移転費のほうが高くなった。この間、「ツキジ」ブランドが世界的に知れ渡り、有数の観光地となったことも、現地再整備案への追い風となりそうだ。

 変化球として浮上するのは、青果がメインの大田市場(大田区)への統合案。実は70〜80年代に取引量が増大する築地の機能分散先としてしきりに議論されたが、水産業界の猛反対で頓挫した経緯がある。築地の取引量は年々減少傾向を示していて、移転コストを考えれば大田案が復活してもおかしくはない。

 40年以上も続く迷走劇。今後、すったもんだの展開は避けられそうにない。

※週刊朝日 2016年10月7日号