プロゴルファーの丸山茂樹氏が、ゴルフ界のスーパースターであるアーノルド・パーマー氏との思い出を語った。

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 いやあ、残念です。あのアーノルド・パーマーさんが9月25日に亡くなられました。87歳でした。心臓疾患による合併症だそうです。ちょうど2015‐16年の米PGAツアーが終わった日なんて、やっぱりアメリカのゴルフ界の「キング」と呼ばれた人だなあ、なんて思ったり。

 1950年代から活躍して、米ツアー歴代5位の62勝。メジャー通算7勝を挙げて、ジャック・ニクラウス(76)、ゲーリー・プレーヤー(80)とともに「ビッグスリー」と呼ばれました。ビジネスでも成功して世界中のゴルフコースも設計して、まさにレジェンド中のレジェンドですよね。

 青木功さん(74)は「アーニーには兄のように慕ってきましたし、憧れの存在でした。訃報を聞き、とても寂しいし、悲しい」とコメントされています。

 40も年齢が離れた僕にとって、パーマーさんの現役バリバリの頃のプレーは、むかーしのフィルムで少し見たぐらい。それでもいろんな人から「すごくアグレッシブ(攻撃的)なスタイルだった」と聞いてます。常々、「ファンはワクワクするようなショットを求めてるんだ」とおっしゃってたようですね。

 最初にお会いしたというか、ナマでパーマーさんを見たのは95年か96年の全英オープンだったと思います。「うおお、アーノルド・パーマーだ」って。初出場のマスターズでも見かけたかな。

 それで僕が米ツアーに本格参戦するようになって、パーマーさんが設計したフロリダ州のベイヒルクラブ&ロッジで「アーノルド・パーマー・インビテーショナル」という試合に出たとき、声をかけてくれたんです。予選で上位につけたときにわざわざ僕のところに来てくれて、「キープ・ゴーイン(その調子でいけよ)」って。また、いい笑顔でおっしゃるんです。ベイヒルでは会うたびに「来てくれてありがとうな」とも言ってくれましたね。優しい人だったなあ。大きく包んでくれる父親のような存在に感じてました。

 とにかく常に明るく接してくれた。それは鮮明に覚えてますね。一緒に写真を撮って、帽子にサインをもらったこともありました。ニクラウスさんとはまた違った、スター性のある人だと思ってました。天国でもあの傘のマークが入ったポロシャツを着て、ゴルフをされるんでしょうね。パーマーさん、ありがとうございました。

 米ツアーはアメリカとヨーロッパの対抗戦「ライダーカップ」を除き、16−17年シーズンの開幕まで短い休みに入りました。松山英樹(24)にとって、アメリカで3度目のシーズンが終わりました。今年2月にツアー2勝目を挙げ、7月の全米プロ選手権ではメジャー自己最高の4位。米ツアー賞金ランキングは、日本人初のトップ10となる9位。もう、素晴らしいのひとことじゃないですかね。

 最終戦のあと、英樹は「もう少し自分が思ったゴルフができるようにしたい。それができたらシードぎりぎりでもいい」と言ったそうですね。いやあ、僕なんかにはわかりません。彼に直接聞いてみないと。僕なんか単純な男なんで、奥が深すぎて。もはや僕らとは違う次元にいるんじゃないですかね。

※週刊朝日  2016年10月14日号