横7.5センチ、縦10.5センチの手のひらサイズの紅色の冊子に、56ページにわたってぎっしりとハングルが並ぶ。

 表題は「党の唯一的領導体系確立の十大原則」。実物を入手したアジアプレスの石丸次郎氏によると、「十大原則」は、北朝鮮の憲法や労働党規約を超越する最高規範。党員すべてが、北朝鮮社会に暮らす人とすべての組織、制度、政策を縛るルールが書き込まれたこの冊子を持ち、暗記している。

●体制維持の重要装置

 簡単に言えば、金日成・金正日(キムジョンイル)主義の継承と、金正恩体制への絶対服従、絶対忠誠を求め、違反するものは罰せられることが記されている。

 石丸氏は、

「この『唯一的領導体系』こそが、絶対主義権威体制を担保する重要装置だ」

 と説明する。

 金日成国家主席が1974年4月14日に党幹部らに行った演説の中で発表された旧十大原則が、2013年6月19日、3代目の金正恩氏に合わせて39年ぶりに改定された。金正恩氏の義理の叔父で実力者の張成沢(チャンソンテク)元国防委員会副委員長が13年12月に処刑された際、最大の理由となったのが「唯一的領導体系違反」だったという。

●処刑にGOを出す人物

 11年12月に金正日総書記が急病で死去した後、後継者とされた金正恩氏は、まだあどけなささえ残る20代後半の若者で、その能力は未知数だった。

 この不安定な継承過程で体制維持を担保するため、張氏ら金正日時代の側近たちが正恩氏を支えた。十大原則を若き後継者に合わせて新しくしたのも、体制維持を担保するためだったと、石丸氏は分析している。

 ところが、側近・幹部らによる権力争いが起きた。

「若い正恩氏を取り込んで自身の利権を追求する。正恩氏の取り合いをしていた。そこで頭一つも二つも出て、軍部などからも利権を奪い、正恩氏と並び立つような振る舞いを見せたのが張氏だった」

 と石丸氏。反張氏勢力は、「張氏の行動は『唯一的領導体系違反』。見逃すと金正恩体制は成り立たない」と忠告。正恩氏は怒り、張氏の処刑を認める決心をしたという。

「正恩氏は自身が若くて未熟であることは分かっていて、利用されることへの警戒心が強かったはず。父親からも継承の際に、気をつけるよう言われていたのだろう」

 十大原則には、「党の唯一的領導体系から逸脱し行動する人物に対し、職位と功労に関係なく、厳しく闘争を行う」とある。北朝鮮では、「唯一的領導体系違反」の告発や密告を通し、党や軍の組織の中で激しい足の引っ張り合いや牽制(けんせい)が行われてきた。

 正恩体制となってからの4年半で粛清された幹部の数は、はっきりとはわからない。だが、数十人に及ぶことは間違いない。最近では7月ごろ、金勇進(キムヨンジン)副首相が処刑されたとされる。

 党内の把握も進んだ正恩氏は、秘密警察の国家安全保衛部と党組織指導部を信頼し、粛清を主導させていると石丸氏は話す。ただ、伝えられた情報に基づき、処刑に「GO」を出すのは、正恩氏自身だ。(編集部・山本大輔)

※AERA 2016年9月26日号