特定非営利活動法人「言論NPO」などが、2005年以降毎年実施している日中共同世論調査の16年の調査結果が9月23日、発表された。データを基に日中関係の今を読み解く。

「身長2メートルの小学生」

 上海駐在歴5年の日系商社勤務の日本人男性(48)は中国をこう表現する。

 2012年9月。「尖閣国有化」直後の上海で、反日デモが相次ぎ、近所の日系デパートが荒らされる光景を目の当たりにした。5日間にわたって仕事は完全に麻痺。子どもが通う日本人学校も閉鎖し、一時は妻子の帰国も真剣に考えた。

 だが、人口13億人余の中国社会は多様で、その後もすさまじい勢いで変化している。日本企業は、少子高齢化が進む国内の経済活動に依存し続けるわけにもいかない。この現実を踏まえず、政治的対立をあおりがちなメディア状況を、男性は苦々しく捉えている。

「執拗にリスクと不安をあおり、相手国を敵とみなしてこき下ろす。そうした報道は実像とかけ離れており、何の解決にもつながりません」

 言論NPOなどが実施してきた日中共同世論調査からも、メディアが伝える情報に大きな影響を受けてきたことがうかがえる。それを象徴するのが、「相手国に対する印象」だ。

●震災時の日本人に好感

 尖閣国有化をめぐる対立激化を受けた13年以降、日本側は「良くない」(「どちらかといえば」を含む)が9割前後でほぼ横ばいだ。しかし、中国側は「良くない」(同)が下降し、16年の調査で76.7%。「良い」(同)も微増ながら伸び続け、16年は21.7%まで回復した。

 この結果について、日中関係に詳しい共同通信客員論説委員の岡田充氏は、

「日本観光ブームで等身大の日本に触れた中国人が増え、『抗日戦争映画』で描かれたステレオタイプな日本・日本人像が崩れたことも影響した」

 との見方を示す。

 07年から3年間、科学技術担当書記官として在中国日本大使館に勤務した伊佐進一衆院議員(公明)も、「等身大の相手国を知る」重要性を指摘する。

「相手を正確に知ることができれば、日本がどういう形で中国に関わるのが最も得なのか、ひいては双方が得をするのかが見えてきます。科学でも文化でも経済でも、偏った情報で一面しか理解しなければ、ウィンウィンの関係構築は難しくなると思います」

 伊佐氏は、中国側が日本に良い印象をもつ理由のトップが、「礼儀があり、マナーを重んじ、民度が高い」(52.9%)である点について、こんな要因を挙げる。

 東日本大震災の際、混乱の中でも被災地の一台の公衆電話の前に並ぶ日本人の姿や、08年に発生した四川大地震の際、日本から派遣された救援隊が亡くなった人たちの前で黙祷を捧げる姿は、中国のネット社会で拡散された。こうした映像に触れ、日本に対して良い印象をもった、との声を多くの中国人から伊佐氏は直接聞いたという。

 伊佐氏は今年8月、超党派国会議員でつくる日中次世代交流委員会の事務局長として訪中した。この際、NHKがリオデジャネイロ五輪でバレーボール女子の中国対セルビアの決勝を中継し、日本の解説者が興奮のあまり声をからし「中国、金メダル獲得!」と繰り返し叫ぶ場面を中国国営テレビ(CCTV)が報じているのに出くわした。

 中国のネットユーザーがNHKの中継を拡散し、「中国の勝利にも心から喜んでくれている」といった感激の声が広がったのを受け、CCTVもニュース番組で取り上げたのだ。

 伊佐氏は言う。

「中国のネット世論が大手メディアを動かす、ということも現実に起きているのです」

 特定の政治的意図に基づく情報に流されない、冷静、客観的な理解が日中双方を利する、と伊佐氏は強調する。

●防衛省予算は過去最高

 日本側の中国に対する印象は、尖閣諸島の領有権問題が影を落としている。前出の岡田氏はこう説明する。

「中国艦が尖閣接続水域に入ったり、中国公船と漁船が押し寄せたり、南シナ海での米中確執が大々的に報じられたことが影響していると思います」

 岡田氏は8月の「中国公船、漁船の大挙侵入」を例に挙げ、日本メディアの「尖閣報道」に警鐘を鳴らす。

 中国の不審な行動の「謎解き」を一斉に始めた日本メディアは「南シナ海の領有権をめぐる常設仲裁裁判所の判決に対し、日本が従うよう求めたことへの反発」「南沙問題から関心をそらす狙い」などと見立てた。これに岡田氏は疑問を投じる。

「『仲裁裁定に対する日本の対応への反発』や『対日緊張をあおって党内結束を図る』という目的を中国は達成できたのかについて検証報道はなく、説得力はありません」

 中国側は「漁解禁に伴い、いつもより大量の漁船が出漁し、これを監視するため公船も多く出た。日本側は騒ぎすぎ」と説明した。

「こうした北京の見方を丁寧に伝え、『大騒ぎ』することの是非を論じる報道があってしかるべきです」(岡田氏)

 防衛省は8月末、17年度予算案の概算要求として今年度当初予算比2.3%増の5兆円超の過去最高額を発表。国内から異論はほとんど上がらなかった。

 岡田氏は訴える。

「眼鏡をかけ替えてみれば、『中国の脅威をあおる安倍政権が、安保法制の実行を急ぐため公船侵入を政治利用したのではないか』という全く別の風景が浮かびます」

●ナショナリズムの誘惑

 国民感情が先鋭化しやすいのが領土問題だ。

 日中共同世論調査では、領土問題をどう解決するかについて、中国側は「領土を守るため、中国側の実質的なコントロールを強化すべき」との回答が最も多く、62.1%に上った。

 中国世論の強硬姿勢は何に起因するのか。一つは「教育」だと東京大学大学院法学政治学研究科の高原明生教授は指摘する。

「中国は近代以降、外国から抑えつけられてきた国なんだという歴史教育をしています。大国として発展を遂げた今、自分たちが見返す番だと考える人が多いのもうなずけます」

 もう一つは、政治体制に由来する。中国国内の秩序は「共産党の抜きんでた力」によって支えられている。このため、実質的な一党支配体制の正当性をどこに求めるかという問題に常に直面している。

「経済成長の減速が深刻化している現在、中国指導部はいよいよナショナリズムに頼る誘惑に迫られていると思います」(高原教授)。仮想敵を外にもうけ、内政基盤強化にナショナリズムを利用する傾向は、習近平政権下で一層顕著だという。

 一方、岡田氏は中国側の回答について、「力による解決」が突出しているように見えるが、そうではない、と唱える。

「外交交渉を通じて日本に領土問題の存在を認めさせるべき」(51.2%)と「両国間ですみやかに交渉をし、平和的解決を目指すべき」(46.2%)を合わせれば、「交渉による解決」を求める回答が最も多い、との見方もできる。

 岡田氏は言う。

「日本側回答と合わせて読めば、両国間の最大のトゲである尖閣問題を交渉のテーブルにのせ、解決を望む声が日中世論のマジョリティーであることを示しています」

●軍事動向詳しい中国人

 今回の調査結果で最も懸念されるのは、「日中間で軍事紛争が起こると思うか」との質問に対する中国側の回答だ。

「数年以内に起こると思う」「将来的には起こると思う」を合わせた回答は62.6%で、前年の41.3%からはね上がった。

 この理由を岡田氏は「『中国の脅威』に対抗して安倍政権が対中包囲政策と日米安保強化に前のめりになっていることへの反発がある」と分析する。

 一方、高原教授は「中国の一般の人は日本人よりはるかに軍事動向に詳しく、戦争に対する認識も『戦争は絶対悪』ととらえられがちな日本とは異なります。中国政府が日本と戦争をしたいと考えているとは思いませんが、冒険主義で行動されると非常に危ない」と指摘。中国の冒険主義を抑止するため、ある程度の抑止力強化は必要との認識だ。ただし、軍拡競争に陥らないよう信頼醸成も同時に進めなければいけない。

「中国に対して、相手の目を見てしっかり物が言えるのは日本しかいない。これは日本が果たすべき責任でもあるのです」(高原教授)

 希望を見いだせそうなのが、「東アジアが目指すべき価値観」への回答だ。日中ともに「平和」と「協力発展」が上位を占めた。

 前出の伊佐衆院議員は「非常に重要で心強い」と歓迎する。政治や外交において、国民感情を無視できないのは中国も同様。であるならば、と伊佐氏は力を込める。

「日中間にさまざまな課題や利害対立があっても、両国民の共通の価値観である『平和』や『協力発展』を実現させる方向に、政治や外交の大きな流れを進めていくべきなのだと信じることができます」

「学術的根拠もなく、よく言うんですけど……」と断りながらも、高原教授はこう展望した。

「これから20年間、日中が武力衝突しないまま関係を保つことができれば、その間に中国は変わってくれるんじゃないか、日中関係はうまくいくんじゃないかという期待はあります」

 中国だけでなく、北朝鮮が「軍事的脅威」になるにつれ、日本国内ではハト派的な物言いは説得力を失う傾向が強まっている。こうした「空気」の中、軍拡が進み、東アジアの軍事的緊張はさらに高まる。この悪循環から抜け出すことに、メディアも世論も真剣に向き合うときなのではないか。(編集部・渡辺豪)

※AERA 2016年10月3日号