東京大学教授で国立がん研究センター研究所長を兼ねる間野博行氏は、医師になって初めて診た患者が忘れられない。

 薬が効きにくいことが予想された白血病なので、大量の抗がん剤を投与。その後、死亡した。遺体を解剖して調べると、死因は白血病そのものでなく、薬の副作用による免疫不全──1984年のことだった。

「こんな大ナタで人間をたたくような治療ではダメだ」

●初の化学療法は兵器発

 現代のがん治療で、「手術療法」「放射線療法」と並んで3大療法と呼ばれるのが「化学(薬物)療法」だ。局所にあるがんを直接治療するほかの2療法と違い、血液を通じて抗がん剤を体の隅々まで運び、体内に潜むがん細胞を攻撃。全身的な治療に効果があるとされる。

 46年、化学兵器のマスタードガスの毒性を弱めて悪性リンパ腫の治療に応用したのが、最初の抗がん剤とされる。100年に及ぶ放射線療法の歴史に比べれば新しい。

 開発が活発になったのは50年代末。血液のがん以外の固形がんで、手術が不可能な進行・再発がんの治療に道を開く狙いだった。がん細胞の代謝を阻害する薬に始まり、抗菌薬系、白金製剤、天然物質から抽出した成分も用いられるようになった。抗がん剤単独で根治の道は険しいが、一部のがんでは、放射線療法との組み合わせで根治が見込めたり、腫瘍が縮小して切除に持ち込めたりするものもある。

 しかし、抗がん剤は、その成り立ちからして、「毒をもって毒を制す」薬だ。がん細胞を制するためとはいえ、毒物を体内に入れれば、正常な細胞を傷める副作用から逃れられない。

 このため、ナタを振るうように広い範囲をたたくのではなく、がん細胞だけをピンポイントに狙える抗がん剤が待望されていた。これが最初に形になったのが、98年に米国で承認された乳がん治療薬のハーセプチンだ。

 乳がん患者の4分の1に見られる遺伝子変異に着目。乳がん増殖に関わるHER2というたんぱく質だけを狙う。次いで2001年、慢性骨髄性白血病の治療薬グリベックが登場した。白血病細胞増殖に関わる特定の分子を攻撃する薬で、患者の大半が完全寛解(白血病細胞が消失)に至る「夢の薬」になった。特定の分子を狙い撃ちにするこれらの薬は「分子標的薬」と呼ばれる。

 前出の間野氏は血液内科が専門だった。グリベックの驚異的な効果を目の当たりにして、感じるものがあった。「◯◯がん」と言っても、それは様々な遺伝子によって起きるサブグループに分かれる。そして、それぞれのがんの分子機構を解明すれば、効果的な化学治療法を開発できる可能性がある、と。

 がんを起こし得る遺伝子を探す中で、年間約7万人と日本人の命をもっとも多く奪う肺がんに照準を定めた。

●脳転移の防止にも効果

 07年、まず発見したのが「ALK融合遺伝子」で、非小細胞肺がん患者の3〜5%で見つかり、肺がん増殖にかかわることがわかった。米ファイザー社が持つALKを阻害する物質は、ALK陽性肺がん患者の飲み薬ザーコリとして開発され、標的発見からわずか4年後の11年に米国で承認された。

 ALK阻害薬は直ちに「第2世代」を巡る開発競争に移った。目標は二つ。一つは、使い続けるうちに効きが悪くなる「耐性」が生じにくいこと。もう一つは、脳転移を防ぐため、薬が脳へ入っていくことだ。「二つがクリアできれば、他の治療法とあわせて根治を目指せる」(間野氏)。8社がしのぎを削り、日本では14年に中外製薬のアレセンサが、まず承認された。

 このような分子標的薬は、すでに実用化されたものに加え、約200もの薬が承認を目指して治験段階にあるとされる。事前に遺伝子の有無を調べて効果のある人を見極めれば、重い副作用も免れられる。それでも、分子標的薬は万能ではない。使い続ければ薬剤耐性を獲得したがん細胞が現れる。

●人間の免疫力に着目

 そんな中、注目を集めているのが、「免疫チェックポイント阻害薬」だ。病原体などの外敵から身を守るため、人間が生まれながらに持っている「免疫」の能力を高め、がんを治療する「がん免疫療法」で使われる。

 免疫学者でノーベル賞を受賞したバーネットは1950年代末、ヒトの体内では毎日がん細胞が発生しているが、免疫細胞がパトロールしてがんの発症を防いでいると提唱した。この考えに刺激を受け、ワクチンやリンパ球移入療法など、様々ながん免疫療法の試みがなされたが、なかなか効果を出せなかった。日本では70年代後半以降、サルノコシカケ科のキノコや溶連菌から抽出された物質も免疫力を増強する抗がん剤として承認されたが、寛解には力不足で、90年代に入るころには「うさんくさい治療」というイメージさえつきまとうようになった。

 光が差してきたのは、CTLA−4、PD−1というたんぱく質を制御すると、免疫細胞ががんへの攻撃を始め、治療が見込めるとの報告が出てきた95年以降。これらのたんぱく質は、「免疫チェックポイント分子」と呼ばれ、免疫細胞にブレーキをかけるため、そのブレーキを外せばいい、という考え方だ。

 PD−1を発見して創薬につなげた本庶佑・京都大学名誉教授は、「免疫にはアクセルとブレーキがある。従来の免疫療法はアクセルをふかせばいいというもので、ブレーキを解除して免疫を再活性化する発想がなかった」と語る。

 PD−1の働きを阻害する小野薬品工業のオプジーボは14年、世界に先駆けて日本で発売された。また、CTLA−4阻害薬ヤーボイは、米ブリストル・マイヤーズスクイブが11年に実用化した。当初は、皮膚がんの一種である悪性黒色腫のみの適応だったが、その後、肺がんを追加。免疫の活性化を促せばがんの種類を問わずに効く可能性もあり、今後も適応となるがんの種類は追加される見込みだ。

 免疫療法では様々な薬の開発が進められており、3大療法に続く“第4の治療法”と期待を集める。従来の抗がん剤のような副作用はなく、耐性の問題もない。

 ただ、元気になった免疫系が自分の細胞を広く攻撃するという副作用があり得るほか、臨床現場では「いつまで使い続ければいいかが分からない」という疑問も聞かれる。免疫チェックポイント阻害薬は、1カ月の薬剤費が数百万円に及ぶ。オプジーボなどで効果が得られる患者は、単独服用の場合2〜3割とされ、あらかじめ効果のある人の選別や、やめ時を判断するためのバイオマーカー(血液中などの指標になる物質)の開発が欠かせない。

 河上裕・慶應義塾大学教授は、「がん免疫療法は、精密な診断の上、患者やがん細胞の状態の差を考慮した『個別化治療』へと向かわなくてはならない。それには、遺伝子情報を始めとするビッグデータの解析が不可欠だ」と語る。

 この分野では米国が大きく先んじており、官民の大型プロジェクトが始動している。米国立がん研究所(NCI)は、月面探索を模して名づけた「米国がんムーンショット・イニシアチブ」に注力。グーグルは、がん患者のネットワーク構築とビッグデータ解析によって、がん免疫療法への貢献を模索する。

 一方、日本では新たな視点から、免疫療法の効果を向上させようという試みも進む。

●日本人も開発に貢献

 がん細胞では、「制御性T細胞(Tレグ)」と呼ばれる細胞が過剰になって、がんを攻撃する免疫系の機能を低下させることも分かってきた。Tレグを発見したのは、坂口志文・大阪大学特任教授。ポテリジオという薬に、Tレグを減らす作用があることも突き止めた。

 ポテリジオは、愛知医科大学の上田龍三教授が協和発酵キリンと共同で、成人T細胞白血病の治療薬として開発。薬としての実績がある。目下、ポテリジオを固形がんの治療に用いる治験を進めており、Tレグの減少とともにがんが縮小する効果も表れている。

「薬でTレグを減らして免疫反応を上げた後に、ワクチンを使う。あるいは攻撃する免疫細胞のお尻をたたく薬を使う。それぞれは10%しか効かなくても、三つ合わせれば60%に効くかもしれない。これからのがん免疫療法は組み合わせによって、大きく進む」(坂口氏)

 新たなステージに入ったがん免疫療法に、日本人の英知が貢献する日も近そうだ。(ジャーナリスト・塚崎朝子)

※AERA 2016年7月11日号