我愛尓ー!
国境を越えようが、変わらずファンに愛を叫ぶ香取。
2011年9月、SMAPは海を越えて北京にいた。名曲を中国語バージョンで披露するなど、どこへいってもファン思いのSMAP。


SMAP初の海外公演「THANKS FOR BEIJING!!」


「THANKS FOR BEIJING!!」は、2011年9月16日に北京の北京工人体育館で行われたSMAP初の海外公演を収録したもの。
木村は8月に北京へ飛び、コンサート発表会見を行っていた。そこで掲げたスローガンは「加油日本、感謝中国、亜州一家!」
(頑張れ日本、ありがとう中国、アジアはひとつ!)

映像は空港に降り立つところから始まり、「世界上唯一的花」が流れている。
高速道路から街中を走り、天安門広場を経てスタジアムへ。
準備をするスタッフの姿、セットの確認をする中居に、振り付けを確認する稲垣。勝手の違う海外公演は何かと大変そう。
16日の午後だけ雨という天気予報を聞いて木村は、「マジ?……でも大丈夫っす、雨を言い訳に自由にステージを……」何か企んでいるのか?

大きな地球儀をかぶったメンバーがポップアップリフターで登場。ダンサーも加わると一気に華やぐ。地球儀を脱いでメンバーの顔が見えるとキャー!という大歓声。『This is love』からスタートした。

中国語で挨拶するメンバー。この日のために準備をしていたと思うとグッとくる。客席には公式グッズの地球儀のペンライトが光っていて、スティックバルーンに、メンバーの名前入りうちわや四角いボードを掲げている人も。うちわ文化は中国でも健在だ! 日本では胸の高さまでと決められているけれど、中国では高らかに挙げて声援をおくっている。

映像は70分のダイジェスト編集で、曲の合間には現地で撮影した映像やリハーサル風景などのオフショットが流れる。
公演前日の15日。SMAPは扇千景元参議院議長と共に人民大会堂を訪問していた。黒塗りの車が5台。赤いドレスの女性がドアを開けるとそれぞれの車から一人ずつ降りてきた。
中日友好協会名誉顧問で元国務委員の唐家セン氏との会談。花文字で名前が書かれた掛け軸をプレゼントされたようで、5人揃って広げて見せた。
『迎えた唐氏はコンサートの成功を祈るという温家宝首相のメッセージを伝えるとともに、「SMAPの北京公園が日中友好に更なる彩りを添えることを信じている」とコメントした』(サーチナ


初の海外公演は、日中友好の架け橋としての役割も果たしていた。かっちりとしたスーツで要人と握手を交わす姿はスターそのもの。
海外でVIP級の扱いを受ける様子を見て、改めてSMAPがスターであることを認識する。もちろん、今までカッコいい姿をたくさん見てきたけれど、番組でコントをしたりぶっちゃけ話をしたり、中居くんがラジオで「スーパーで刺身を買った」なんて庶民と変わらないエピソードを通して、自然と只ならぬ親近感を抱いていた。馴染みの姿とは打って変わり、スターらしい顔つきでオーラを放っていて圧倒された。

「今夜は大変貴重なコンサートとなりました、皆さん20年間も待っていたんですよ!」
MCでは中国人男性の司会者と女性の通訳が登場し、軽快なトーンで進んでいく。
「まずはリーダーにお伺いします」
中居くんがリーダー扱いされてる!! リーダーなので当然のことだけど、日本ではあまり見ない光景に驚く。

初の海外公演で、なぜ北京を選んだのかを聞かれると、
「いつも中国のみなさんに我々SMAPも日本も助けられています。海外でまずやるにはスタートを切るには北京が一番いいんじゃないかということでこちらを選ばさせていただきました」

すると、「SMAPからこんなにも意義のある海外初公演を皆さんにプレゼントして頂きました」と司会者。お礼に歓迎の言葉をプレゼントしようと会場に呼びかけ、「北京はSMAPを歓迎します」とファンから一斉に言葉が贈られる。
メンバーは口々に「謝謝!」と返す。

木村は、撮影で香港や上海を訪れるたびに、歓迎してくれることに感謝すると、司会者のムチャぶりで投げキスをすることに。
「君たち…」一言放って間を置くと、会場からすごい歓声。木村が耳を傾ける仕草をするとその声はさらに大きくなる。どこへ行っても盛り上げ上手な拓哉さん。
「君たちを愛してる」と投げキス。
投げチューキターー!いいぞ、ムチャぶり! 
言葉の壁をひょいと越えていくエンターテイナーSMAP。言語が違っても、歌やダンス、ジェスチャーで気持ちは伝わるんだな。

12曲目『らいおんハート』になると雨が映っている。予報が当たってしまった……。それでも変わらず歌い、踊り続けるSMAP。
後に、香取は雑誌のインタビューで当時の様子を語っている。
グループについて聞かれ、「友情とは違うけど、メンバーとは深い絆で結ばれていると感じる瞬間は多々ある」と、北京公演を例に挙げた。

「たとえば北京公演でのこと。今までになく、本番前の楽屋で5人そろって打ち合わせをはじめたときは、初の海外公演を前に気持ちは同じなんだと実感したし、公演中のメンバー間のアイコンタクトもすごかった! 突然の雨による演出変更もすべて歌いながら確認しあったからね。この“言わずとも伝わる”感度は恋人以上かも(笑)」(ポポロ/2012年1月)

『夜空ノムコウ』が流れると、5人は歌わずにリレー形式で語った。
「今年、2011年3月11日突然起きた大きな自身と信じられない大きな津波で、僕たちを含め日本人のみんなは本当に大きな大きな衝撃の中に身を寄せていました」木村が切り出す。
続いて稲垣。「そんな日本に対して中国政府は救援隊を派遣してくださり、そして中国のみなさんは温かい気持ち、励ましのメッセージを送って下さいました」
一人の日本人として嬉しく思ったこと、日本にとっても大きな力になったことを伝え、深々と頭を下げた。
香取は、中国で起きた雲南省の大地震について、被災者やその家族にSMAPとしてお悔やみの言葉を述べた。草なぎは「大きな自然の前では僕らひとりひとり、本当に小さな小さな存在でしかありません」と、日本と中国そしてアジアが一つになるときと、コンサートのスローガンを改めて伝えた。
最後は中居。「私たち仲間は一人一人では微力で小さいかもしれませんが、たくさんの小さな力が集まればどんなことでも乗り越えていけるんじゃないかなと思っています。夜空のむこうにはきっと明るい未来が待っていると思います」
国境を越えて今を生きる仲間として助け合おう、ゆっくりとやさしい口調で締めくくった。
木村のギター演奏と共に『夜空的彼岸』(夜空ノムコウ)、続いて『世界上唯一的花』(世界に一つだけの花)を中国語で歌った。

SMAPは「SMAP×SMAP」の番組の最後に義援金の呼びかけをしている。VTRを使い回すのではなく、毎回収録をして。それを5年経ったいまでも続けている。ステージでの言葉は、決して社交辞令やその場限りの聞こえの良い発言ではないのだ。

しっとりとバラードを歌い上げた後は、エネルギーチャージ。パワーソングが続く。『Let It Be』では、中居と木村が背中合わせに立って熱唱。
『オリジナルスマイル』は、5つの星と丸とで円を描いたTシャツ姿で登場。ステージを自由に歩き回っていて元気がいい!
リフターから手を振る草なぎ、両手で大きく手を振る稲垣、歌詞の「チカラ」のところで力拳を作って筋肉をみせた木村、中居はステージ上で演奏する楽器隊の間に入って、拍手やジャンプを促して、いたずらっ子のよう。一緒にステージを作ってくれたことへの彼なりの感謝だろうか。香取はTシャツの後ろに描かれたパンダと「再見」の文字を見せた。振り向きながら見せる慎吾ちゃんがかわいい。

ラスト『ありがとう』を歌い終えると、木村が大きな声で「S、M、A、P」と叫ぶと、会場から「SMAP!」と大きな声。香取の「愛してます!」で初の海外公演を終えた。

「温かく迎えてもらった」という北京公演を草なぎはこう振り返る。
「みんなで食事に行ったり、ライブ後にマッサージに行ったり、デビュー20周年というこのタイミングで5人でいる時間が多かったことは、次なる一歩への大きな原動力になるとあらためて思いました」
(草なぎ剛著「Okiraku2」/KADOKAWA)

降水確率を聞いて心配していた草なぎに、降水確率よりもステージの立ち位置を間違える方が高いと中居に言われたこと、一つのバンで移動した時にはデビュー当時を思い出したとあった。

デビュー20周年!2011年はイベントがたくさん


年始から伊橋に会えた2011年。中居主演のドラマ「味いちもんめ」が12年ぶりの復活、1月8日にスペシャルドラマが放送された。
「15年後に“味いち復活!”ってのをやりたいですね。そのときは僕も53歳かぁ…いろいろガタが来てそうでやばいな!(笑)」(ザ・テレビジョン/2011年1月14日号)
50歳になってもやりたい作品というだけに、中居の代表作の一つ。50歳といわず、すぐにでも待ってますよ!

「ロケやら特番やらでバタバタしたまま大みそかになり、“紅白”&メンバーと一緒に新年を迎え、深夜は“CDTV”で生ライブ。最高の幕開けでした」
(草なぎ剛著「Okiraku2」/KADOKAWA)
2011年も元旦から忙しかったSMAP。
草なぎが「月刊ザテレビジョン」で連載している「お気楽大好き!」は150回を迎えていた。

2月は、草なぎが初めて翻訳に挑戦した韓国実話短編集「月の街 山の街」(ワニブックス)が出版され、主演映画「僕と妻の1778の物語」の試写会では皇后美智子さまとの対面を果たした。(女性セブン/2011年2月24日)
会話では作品や撮影のことに加えて、SMAPについても「忙しくて大変でしょう」と声をかけてもらった。SMAP史上初のことで、「みなさん体に気をつけて頑張ってください」と激励の言葉をメンバーに伝えたら、初めは信じてもらえなかったとある。
4月には月9ドラマ「幸せになろうよ」に香取、7月「ブルドクター」に稲垣、11月「南極大陸」に木村とドラマ出演が続いた一年だった。

9月9日。デビュー20周年を迎えたSMAPは、1991年にデビューイベントを行った西武園ゆうえんちにて、ファンを集めてイベントを開催。11月には東京ドームで「祝20周年! SMAP FaN×FuN PARTY 2011」を二日間に渡って行った。
「SMAPのファンとは」という雑誌のインタビューにメンバーは、
中居「ずっとずっとである」
草なぎ「原動力である」
稲垣「運命を共にした共同体である」
香取「同士である」
木村「活力である」
(ポポロ/2012年2月号)
このあとに続いたのはファンへの感謝の言葉。20年経っても握手会をしたりイベントの最後に見送りをしたりと、ファンとの距離を縮めようとしてくれるSMAP。
「デビューから応援してくれている方も、最近ファンになった方とも、ずっとずっといっしょに生きていきたいよね」
両手を広げて受け入れてくれるような、リーダーの言葉がじんとくる。

「批判を恐れない」SMAPが継続していること


震災から1年後の2012年3月10日。
NHK『震災から1年“明日へ”コンサート』で有働由美子アナと共に司会をつとめた中居。
意気込みを聞かれると、この番組は「少しでも力になりたい」という出演者やスタッフの思いがベースになっているとして、こう続けた。

「1年前の震災の直後も、アーティストや歌手の方って、自分ができることっていうのを、いろいろ模索したと思うんですよ。行っていいものなのか、歌っていいものなのか。何をやるべきなのか。下手に行動するのは迷惑なんじゃないか、とか。僕らももちろんありましたよ。でも、動かないとやっぱりダメなんですよ。批判を恐れている場合じゃない。できることは限られているけれど、誰かに指示されてやることでもないし。僕らはテレビに出る側の人間なので、この番組に出演して、楽しんでもらうことも大事なこと。震災から1年経った今、僕は、何より、「忘れてないよ」ってことを、被災地のみなさんにお伝えしたいなと思っています」(オリスタ/2012年3月12日号)

「5年経った今でも忘れない」そういわんばかりに、SMAPはいまも彼らのスタイルでメッセージを伝え続けている。
ファンへの思い、自主的な取り組み、SMAPの愛や誠意は月日が経っても変わっていない。
(柚月裕実)

【SMAPライブDVDレビュー企画】
SMAPの解散が報じられ、ジャニーズファンのライターとして何かできることはないかと、SMAPライブDVD全作レビューに挑戦することにしました。
これまでSMAPが見せてくれたステージを、改めて振り返ってみたいと思います。