歌舞伎役者・中村勘九郎を主役に、映画上映と舞台上演を同時に行っている「真田十勇士」。映画から観ると、映画からキャラクターが飛び出て来たみたいに見えるし、舞台から観ると、戦場のスケール感の圧倒的な広がりに目を見張る。どちらもデジタルとアナログを縦横無尽に交差させたとても贅沢なプロジェクトは、常に自由な発想で観るものを驚かせてきた堤幸彦だからできたこと。インタビュー後編は、「真田十勇士」のなかの堤らしさについて聞く。
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──ところで、監督は信長・秀吉・家康だと誰が好きですか?
堤 正直、申し訳ないけど権力者には興味がないよね。
──素敵なお答えをありがとうございます(笑)。
堤 茶化す対象としては信長あたりはとってもおもしろそうだけれど。私は愛知県出身ですが、名古屋でやっている「三英傑祭」という、3人の殿様にいろんな社長さんが扮して毎年パレードする祭りを中学生の時は「アホか」と思っていましたのでね(笑)。なんで会社の社長さんが殿様に自分を投影すんじゃい、と。まあ、でもそのざっくりした大味ぐらいのことがほほえましくていいのかもしれないけど(笑)。そういう意味で、幸村の話はとてもいいですね。
──三大武将の話じゃなくて良かったわけですね。
堤 ただ、イエスズ会あたりが1600何年かにスペインに提出した報告書には「真田幸村の戦略は間違いである」とあったそうです。というのは、「何年もの備蓄が大坂城にはあり、最大の守りに適した地政学上の合理的な建築物である砦が大坂城で、きちんと守っていれば、東軍は何年も攻めることができない。ましてや家康は70何歳、今で言えば100歳を越えるくらいの高齢であって自然死が目前である」だったそうで。結局、幸村達が焦って戦を仕掛けたことが敗因ですよね。淀殿からのプレッシャーもあったのかもしれませんが「待っていれば勝てた」かもしれないのに、打って出たことに非業の運命を感じざるを得ないですよね。
──真田ものをやるに当たって、大坂城や九度山などへのフィールドワークをはじめ、いろいろ調べものをされたとか。
堤 正直いえば、これをやるまで、明治以前の歴史物を一生懸命勉強したことなかったんですよ。地理専攻ですからね、わたしは。地理専攻すると日本史や世界史は捨てることになるんです。そこで今回、まず、九度山にひとりで電車に乗っていって、それから大阪に戻って、真田丸があったとされるところと大坂城の距離を歩いて測りました。「どれだけ離れてんだよ」と思って。舞台の初演のときはまだあべのハルカスができる前だったので俯瞰して見られなかったんです。大坂城の研究をしている先生にいろいろ話を聞きながら、「どこで死んだか」「天王寺の地形はどうなっているか」とかそういうところだけはちゃんとやろうと考えました。
──土地から歴史を見たわけですね。
堤 それについて話すと、あと1時間ぐらいかかるよ(笑)。
──あと10分くらいでまとめてください(笑)。
堤 大坂城は上町台地の北側にある台地の上に建っています。その脇には、淀川が勢いよく流れていて、上町台地の周りはいわゆる泥濘地でした。これは名古屋城も江戸城もそうで。なぜそういう場所に城をつくったかというと、馬は泥濘地を走れないから攻められないから。きわめて合理的につくられた砦なんですよ。そこの土地の高低差を確認したかったんです。そういう視点は中沢新一さんの「アースダイバー」によるところが大きいですね。いまだと「ブラタモリ」的な切り口といったほうがわかりやすいのかな。
──ブラツツミが行われたわけですね。
堤 (笑)。
──名古屋でもそういう地形を探る番組「NAGOYA─DAGAYA」(2014年〜中京テレビ)をやっているんですよね。
堤 不定期でやっています。そういうのは嫌いじゃないですね。
──「真田十勇士」も地形から考えて観る楽しみもありそうですね。こうして、監督は毎回いろんなことにチャレンジされていますが、昨年11月に還暦を迎えられまして、今年は、今までにない企画もおやりになって、今、何をお考えでしょうか?
堤 まあ、人生の残量がいよいよ決まってきて、どうですか・・・スマホの電源が20パーを切ると焦るじゃない? 「ケーブルねえかなあ」って、あの感じ?(笑)
──今は電源を探し中で(笑)。
堤 電源をチャージしても人体だからね、どうしようもないんだけど(笑)。具合悪いとか細かい不具合はいっぱいあるんだけども、致命的なところは幸いにしてほとんどないので、少なくとも数年は同じようなペースでできそうです。でも、「いよいよ最後に一体何を撮るんだよ」という思いももたげてきていますね。もともと映画監督になりたかったわけじゃない私が、偶然、たまたまテレビのADを始めることでこんなことになってしまった、世にも失礼な(笑)私がですね、一体最後になにを残すんだ、というところですよね。いよいよその題材の発掘というか準備に入るべきだと思っていて。もちろんそのためには何十個も仕掛けるかもしれないし、実際に仕掛けているともいえます。本業の映画やドラマや音楽以外にもね、地域振興なり地元貢献、被災地に対して何かアクション起こすことなど、いろいろなことに携わっています。20代30代の若手のおもしろい人がいたら会いにいくこともしています。まあ、それらのどれかが偶然にも実を結んで「あ。これ撮って死のう」みたいな作品にたどり着くかもしれないですね。
──今は模索期、種まき期であると。そのひとつは「神の舌を持つ男」(映画化にあたり「RANMARU 神の舌を持つ男 略して・・・蘭丸は二度死ぬ。鬼灯デスロード編」(12月3日公開)ですか? 構想20年(30年?)だとか。
堤 「『神の舌を持つ男』を撮って死ぬ」ってなかなかかっこいいよね(笑)。
──あれだけ徹底したコメディーを何年か続けて、その撮影の途中で(笑)。
堤 ぱたって(笑)。いや、まだまだ頑張ります!
──最後、「真田十勇士」に話を戻しまして、舞台と映画、内容に違いはありますか。
堤 舞台では十勇士たちが集まってくるエピソードを全2幕中の1幕をまるまる使って描いていますが、映画ではわずか7分のアニメーションにまとめました。それによって、日本人が大好きな大坂の冬の陣、夏の陣、幸村の死、大坂城炎上・・・そしてその先の大仕掛けという台本の一番面白いところをたっぷりと描けたと自負しております。
──後半、ものすごく盛りだくさんで驚きます。これだけで1本できそうな要素がたくさん入っていて。
堤 続編を狙おうというすけべ根性丸出しで(笑)。まあ、そんなふうに自由に大ボラをふける作品はなかなかないじゃないですか。作品が「嘘かまことか」をテーマにしているかたこそできたことで、それこそクリエイター冥利に尽きますよ。
──監督こそが佐助のように、どんな制約にも屈せず開いていく人ですよね。
堤 へこたれないですよ、私は。どんな低視聴率でもへこたれない(笑)。
──すみません、そういう話をしようとしたわけじゃないですけど(笑)。でも常にエネルギッシュで「とにかく生きてやる」感がどの作品にもあります。
堤 後悔しない、反省しない、悩まない(笑)。常にどこの現場でも楽しく、「ああ、これやって本当によかったなあ」と思える、その現場でしかつくり得ないものをやっていきたいですね。
(木俣冬)


[プロフィール]
堤 幸彦
1955年11月3日生まれ。愛知県出身。映画、テレビドラマ、音楽ビデオ、ドキュメンタリー等、手がける作品は多岐にわたる。近年の主な作品に映画「20世紀少年」三部作(08〜09年)、「BECK」(10年)、「MY HOUSE」(12年)、「くちづけ」(13年)、劇場版「SPEC」シリーズ(12〜13年)、「悼む人」(15年)、「イニシエーション・ラブ」(15年)、「天空の蜂」(15年)など、ドラマ「トリック」シリーズ、「SPEC」シリーズ、「ヤメゴク〜ヤクザやめていただきます〜」、「視覚探偵 日暮旅人」、「刑事バレリーノ」など、ドキュメンタリー「Kesennuma,Voices.東日本大震災復興特別企画〜堤幸彦の記録〜」など。舞台「テンペスト」「悼む人」「真田十勇士」「スタンド・バイ・ユー〜家庭内再婚〜」など。12月3日には「RANMARU 神の舌を持つ男」公開。

[作品紹介]
真田十勇士
監督 堤幸彦  
脚本 マキノノゾミ  
出演 中村勘九郎 松坂桃李 大島優子 永山絢斗 加藤和樹 高橋光臣 石垣佑磨 駿河太郎 村井良大 荒井敦史 望月歩 青木健 伊武雅刀 佐藤二朗 野添義弘 松平健(特別出演) 大竹しのぶ 加藤雅也

(C)2016『真田十勇士』製作委員会
配給:松竹・日活
公式HP

全国公開中

関ヶ原の戦いから10年、天下の名将として一目置かれていた真田幸村(加藤雅也)だったが、じつは運と顔の良さだけで生き残ってきたに過ぎなかった。あるとき、幸村と出会った抜け忍・猿飛佐助(中村勘九郎)は己の才覚(嘘とハッタリ)で幸村を本物の天下一の武将に仕立てあげようと思い立つ。抜け忍仲間の霧隠才蔵(松坂桃李)をはじめ仲間を集め「真田十勇士」を結成し、亡き秀吉の遺志を継いで豊臣家復権を狙う淀殿(大竹しのぶ)のもと、徳川との戦いに参加する。佐助と才蔵の命を狙う幼なじみのくの一・火垂(大島優子)の攻撃も交わしつつ、大坂冬の陣、夏の陣と戦いは激化の一途をたどり・・・。