これは生まれたときから浴槽の栓を友にしてきた少年と、初めて奉公に出た屋敷でなぜか「あなたの便宜のために封印」と書かれた帯紙が糊付けされたマッチ箱を渡された少女の物語だ。
小説の魔術師エドワード・ケアリー待望の第3長篇『堆塵館』(古屋美登里訳)である。
浴槽の栓? 封印されたマッチ箱?
なにそれ?
そう思った方も、ちょっとだけお付き合いいただきたい。


アイアマンガーの中のアイアマンガー


『堆塵館』の舞台は19世紀後半のイギリスに設定されている。世界の都でもあるロンドン近郷に巨大なごみ山が築かれ、その向こう側にアイアマンガーたちの暮らす館がある。アイアマンガーはごみを我が物にすることで巨万の資産を蓄えた一族で、堆塵館と呼ばれる屋敷の中に閉じこもって暮らしている。
アイアマンガーのひとびとには奇妙な決まりがいくつもある。
アイアマンガーの男女は幼少期には別々に暮らし、あらかじめ定められた一族の者と結婚する。
アイアマンガーの男子は16歳になったらコーデュロイの半ズボンから灰のフランネルの長ズボンに穿き替えなければならない(逆に言えば、それまでは決して長ズボンを穿けない)。
アイアマンガーの子供たちがごみ山に入るときは、きちんと正装をしていく。彼らが山で見つけたものを大人たちが町で売って金に換える。いわばアイアマンガーの富の源泉だから、ごみ山に敬意を表して身なりを整えるのである。
そして最優先される決まりがこれだ。

──アイアマンガー一族に赤ん坊が生まれると、おばあさまが選んだ品物を与えられるのが慣わしだった。[……]ぼくたちアイアマンガー一族は、誕生の品をいつでも身に着けていなければならなかった。誕生の品は人によって違った。ぼくは生まれたときにジェームズ・ヘンリー・ヘイワードをもらった。それはぼくが初めて知った相手で、初めてのおもちゃで、初めての仲間だった。ジェームズ・ヘンリーには六十センチの長さの鎖がついていて、その鎖の先には小さなフックがあった。歩けるようになり、ひとりで着替えられるようになると、ぼくは鎖のついた浴槽の栓を、ほかの人たちが懐中時計を服に着けるような感じで身に着けた。

〈ぼく〉こと15歳のクロッド・アイアマンガーは、他のアイアマンガーとはちょっと違ったアイアマンガーだ。彼には物の声が聞こえるのである。だから彼の誕生の品、浴槽の栓が「ジェームズ・ヘンリー・ヘイワード」と名乗っているのも聞こえる。病弱であることもあり、彼は同世代のアイアマンガーからは変わり者扱いされていた。
ある日起きた出来事から物語は始まる。ロザマッド叔母さんの誕生の品であるドアの把手がなくなったのだ。アイアマンガーにとって、これは大事件なのだった。

アイアマンガー三部作


冒頭に書いたとおり、『堆塵館』の主人公は2人いる。もう1人の主人公である〈わたし〉は孤児院から館にやってきた赤毛の少女、ルーシー・ペナントだ。ルーシーが孤児院に入ることになったのは、両親が屑山熱に罹って死んでしまったからである。ロンドンから汽車に乗せられて堆塵館にやってきたルーシーは、使用人たちの居住区である地下へと連れていかれる。そこで一切の持ち物を取り上げられ、封印されたマッチ箱を渡されたのである。
取り上げられたのは物だけではない。堆塵館の使用人たちは名前を失い、ただアイアマンガーとだけ呼ばれるようになる。〈わたし〉もルーシー・ペナントという名前を取り上げられ、ただのアイアマンガーにされるのだ。ちょうど『千と千尋の神隠し』の主人公が、湯婆婆に「千尋」を取り上げられ、ただの「千」にされたように。

『堆塵館』の作者であるエドワード・ケアリーはたいへんな寡作家だ。2000年にデビュー作『望楼館追想』を発表、これは他人の持ち物を盗んで蒐集する主人公の物語だ。物に対しての執着は後の『堆塵館』を予見させる。次に発表したのが、2003年の『アルヴァとイルヴァ』で、エントラーラという小さな町に引きこもって暮らす双子の物語。おっと、また『堆塵館』に似た要素。そこからなんと10年以上も沈黙して2013年に本書を発表した。『堆塵館』はアイアマンガー三部作の第一部となる長篇で、すでに2014年に第二部であるFOULSHAMが、2015年に第三部LUNGDONが発表されている(すべて東京創元社から古屋美登里訳で刊行予定)。
〈ぼく〉と〈わたし〉の物語がどういう風に交錯するのか、どのように物語が展開していくかは一切書かない。交錯する、とだけ書いておく。ボーイ・ミーツ・ガールです、とも。一切知らないで読んだほうが絶対いいからだ。白い紙の上に見たこともない絵が描かれていく驚きを一人でも多くの人に味わってほしい。目次を見ればわかるが、本書は24の章に分かたれており、すべての章題が誰かの誕生の品になっている。そしてケアリー自身の手による挿絵も。24回章題を見て「この誕生の品を持っているのはどんな人だろう」と思ってほしい。挿絵を見て「こんなやつなのか」と感慨に耽ってほしい。

アイアマンガーから外へ


とはいえ、もうちょっとだけ内容について書く。あらすじとは関係ない、私が魅了された枝葉の部分を。
さっき、ちょっとだけ『千と千尋の神隠し』のことを書いた。この本を読みながら私が、両親を豚にされて仕方なく油屋住み込みの従業員になった千尋の境遇をルーシー・ペナントに重ね合わせたからだ。ルーシーはせっかくもらったマッチ箱をすぐに取り上げられ、鍵のかかった引き出しに入れられてしまう。「上」のアイアマンガーたちは片時も話さずに誕生の品を持っていられるが、「下」のアイアマンガーたちは自分の持ち物を錠前係のソリー・スミスに預けることになっているからだ。ソリーはずらりと並んだ引き出しの部屋の主だ。ここで私はまた『千と千尋の神隠し』のことを思い出した。しまうのと取り出すのでまったく違うが、引き出しの部屋の主・釜爺を連想したからだ。
ハヤオ、ハヤオ、宮崎駿。
なんにでも駿の影を見出せばいいってもんじゃないし、ケアリーはスタジオ・ジブリ作品に思い入れがあるかどうかもわかったものではないが、ずば抜けた娯楽性を持つ小説を読むと、やはり先行作品を思い出してしまう。ケアリーはアイアマンガー三部作を児童小説として書いているのだという。子供たちがわくわくするものが含まれているから、その部分にどうしても連想結び付けてしまうのだろう。
私にとって宮崎駿作品といえば『ルパン三世 カリオストロの城』だが高い屋根の上のアクションもちゃんとある。誰かがカリ城跳びをするのかって? それは内緒だ。ルパンつながりで言えば第二期最終回「死の翼アルバトロス」を思わせる要素もある。何が? いや、それも内緒だ。
しかし、このことだけは書いておきたい。
『堆塵館』を読んで私の中に最も鮮明に蘇ってきた宮崎駿作品は『未来少年コナン』だ。堆積館という舞台がいちいちアレを思い出させるのだ。アレだ。科学都市インダストリアの象徴、三角塔である。太陽エネルギーとか使ってないけど、隣にゴミの山がそびえているけど。
私は1968年生まれだから1978年に放映された『未来少年コナン』の直撃世代だ。アレグザンダー・ケイの原作『残された人びと』も読んだ。小説には三角塔が出てこないのを知ってショックを受けた。あの無機質な科学都市のイメージは当時のアニメーション・スタッフの功績なのである。
『未来少年コナン』を知らない、関心のない人をすっかり置き去りにしてどんどん書く。
作品の舞台は核戦争によってほとんどの人類が死に絶えた後の未来だ。わずかながら生き残りがいて、特にインダストリアでは失われた科学文明を利用して束の間の繁栄を享受していた。しかし、それにも限界があり、有限の資源やエネルギーを利用するためにインダストリアには厳格な階級制が敷かれていた。市民は働きによって等級で分けられ、住居も厳格に階層が決められている。
もちろん高いところほど階級が上なのだ(ほら!)。そして、最下級の人々は地下に(ほらほら!)住まわされ、生殺与奪の権を上の階級に握られた形になっている(ほらほらほら!)
『堆塵館』を読むうちに、この階級社会のイメージと象徴としての三角塔のことが私の頭の中に蘇ってきたのだ。
もちろん作者のケアリーの意図は別にあるはずで、物語の設定とほぼ同じ時代に生き、社会改革を企図して数々の名作を生み出したチャールズ・ディケンズの諸作などを念頭に置いていたはずだ(この後のアイアマンガー三部作にディケンズが出てきても私はまったく驚かない)。私が勝手に『未来少年コナン』を連想しただけの話である。
たぶん、世代によって思い出すものは違うはずだ。読めばそれぞれの読者が、自分にとっていちばん大事な物語を連想するに違いない。特異なイメージが溢れんばかりに詰め込まれているので、想像力が刺激されるのである。

インダストリアからアイアマンガー


もうちょっとだけ「未来少年コナン」のことを書く。インダストリアでは日々の糧をごみから得ている。もっと言うとごみの中に埋まっているプラスチックを分解し、食べられる有機物に変換しているのだ。『堆塵館』のどこかに出てくるごみ山の場面は、私にそのことを思い出させた。
もう一つ。インダストリアの三角塔といえば狭い穴だ。いたるところに抜け穴の話が出てくる。さらわれたラナを探して潜入したコナンはダクトの中を進み、最下層の住居区が水没して死の危機に瀕したときには逃げ道を探して地下道をさまよった。狭い穴うろうろの魅力的な場面、『堆塵館』にも出てくるのだ。
──壁を引っ掻きながら上に向かった。しばらく行くとなにかにぶつかった。煙道が曲がっていた。それに沿って行くと、いくつもの通路があって混乱し、どうやら方向が分からなくなったらしい。どういうわけかいろいろな穴や開口部があって、そのひとつに滑りこみ、またもや黒い煙道をまっすぐに落ちた先は、どこかのアイアマンガーの暖炉だった。[……]
高い屋根の上に地下の召使部屋にごみの山とぼとぼに狭い穴うろうろ。
ああ、こういう小説を私は待っていたんですよ。
(杉江松恋)