宮崎駿監督の初めての劇場映画『ルパン三世 カリオストロの城』が、今夜の『金曜ロードショー』で放送される。公開されたのは今から37年前の1979年、テレビ放送は今回で15回目を数える。長きにわたって多くの人に愛されている名画だ。


『カリオストロの城』の魅力はさまざまだが、なんといっても人気なのがヒロインのクラリス(演:島本須美)だ。そこでこの原稿ではクラリスに焦点を当てて、クラリスの基礎知識から、その後の『風の谷のナウシカ』(84年)に至る宮崎アニメのヒロインの系譜まで、複数の角度で語ってみたい。

クラリスのモデルとは?


クラリスという名前の元ネタは、モーリス・ルブランによる小説『アルセーヌ・ルパン』シリーズの『カリオストロ伯爵夫人』に登場するルパンの最初の妻、クラリス・デティーグ。18歳の清楚な美少女で、ルパンとの間に一子をもうけている。

また、宮崎監督は『カリオストロの城』を「ルパンや東映時代にやったことの大たなざらえ」と位置づけており、自らが手がけた『ルパン三世』1stシリーズのいくつかのエピソードも元ネタにしている。

11話「7番目の橋が落ちるとき」と21話「ジャジャ馬娘を助けだせ!」は、紳士ぶりを発揮したルパンがヒロインを悪党から助け出すエピソード。特に「7番目〜」で悪党に囚われている少女リーサは、同じく囚われの身だったクラリスを思い起こさせる存在だ。儚げで無力な少女に見えるが、肝心なところで勇気をふるうところもよく似ている。

ところで、クラリスは当初、もっとアクティブな性格のヒロインになるはずだったという。活発なクラリスを引き立たせるために不二子を出さない予定もあったが、「興行的な要求」で不二子を出さざるを得なくなり、クラリスは不二子と被らないように大人しいキャラクターになった。

宮崎監督はこのことについて「作劇技術の問題」「女性が2人出てくる時は同じような性格にできないものですよ」と語っている(『LUPIN THE THIRD VOL.2』)。ひょっとしたらクラリスも「ジャジャ馬娘〜」のリエのような活発なヒロインになっていたかもしれない。

なお、「7番目〜」も「ジャジャ馬娘〜」もラストでルパンは銭形に追われてヒロインのもとを去っている。これも『カリオストロの城』と共通しているパターンだ。

島本須美がクラリスを演じるまで


『カリオストロの城』をはじめ、『ルパン三世』2ndシリーズ最終回「さらば愛しきルパン」(80年)の小山田真希、『風の谷のナウシカ』(84年)のナウシカと、宮崎作品で重要なヒロインを演じてきた声優・島本須美。

当時、劇団青年座に所属していた島本は、世界名作劇場シリーズ『赤毛のアン』(79年)のオーディションで最終選考の2人まで残ったが落選してしまう(決まったのは山田栄子)。意気込んでオーディションを受けていた島本はショックを受けるが、この作品でレイアウトを担当していた宮崎駿の耳には、島本の声と演技が強烈に印象づけられていた。

その後、『カリオストロの城』のオーディションに参加した島本は、宮崎監督の強力な推薦もあってクラリス役に決定した。ただし、アフレコではかなり苦労したらしい。当時の島本の唯一の(そして最初の)レギュラーだった『ザ☆ウルトラマン』(79年)では大声を出す芝居が求められていたため、クラリスも思いっきり張り上げて演じてしまったという。

その後、声優業から離れて、全国で演劇の学校公演を続けていた島本のもとに、ファンから『風の谷のナウシカ』の単行本が送られてくる。そこには「ぜったいナウシカをやってください」という手紙が添えられていた。『ナウシカ』を読んで感銘を受けた島本はオーディションに臨み、見事にナウシカ役を獲得した(『ロマンアルバム 映画「風の谷のナウシカ」ガイドブック』)。

クラリス専属のアニメーターがいた?


宮崎駿の盟友であり、かつての上司だったアニメーターの大塚康生が作画監督を務めている。『カリオストロの城』全編にわたって展開する緻密な作画に、大塚の卓越した技術とセンスが果たした役割はとてつもなく大きい。

ところで、宮崎監督は美少女の作画が苦手な大塚にクラリスの作画を一切任せなかった。後にメインポスター(ルパンがクラリスを抱え、背後にマスクをつけたカリオストロ伯爵がいるデザイン)を大塚が描いたときも、宮崎監督のブーイングによってクラリスの顔はほとんど描かないことに決まったほどだ。

クラリスの作画を担当したのは、筆頭原画(原画で最初にクレジットされるスタッフ)の篠原征子。東映時代からの宮崎監督の同僚で、『赤毛のアン』にもメインスタッフの一人として参加していたが宮崎監督の要請でテレコムに移籍、『カリオストロの城』に参加した。

クラリスの関するシーンは、ほとんどが篠原によるもので、実質的な“クラリス作監”だった(叶精二『宮崎駿全書』)。篠原はその後も宮崎監督作品に参加し続けるが、『ハウルの動く城』(05年)を最後に現場を引退し、2015年に逝去した。

「ロリコン」という言葉はクラリスから広がった?


公開された『カリオストロの城』は期待された興行収入は得られなかったが、徐々にカルト的な人気を博すようになる。作品の良さもあったが、人気の中心になっていたのは清楚な美少女・クラリスだった。クラリスのファンクラブが発足、同人誌が発行され、アニメ雑誌はクラリスの特集記事を相次いで掲載した。

ルパンの「妬かない、妬かない、ロリコン伯爵!」という有名なセリフから、このような記事傾向は“ロリコン・ブーム”と呼ばれるようになったという(叶精二『宮崎駿全書』)。

『カリオストロの城』が公開された2年後の81年にはアニメ誌『アニメック』がロリコン特集を組んでいる。表紙はクラリスを守るルパンの姿、同特集には島本須美へのインタビューのほか、クラリスをテーマにしたロリコン同人誌が紹介されていた(切通理作『宮崎駿の<世界>』)。当時は“ロリコン=クラリス”という認識があったことがわかる。

この後、“ロリコン・ブーム”は拡大し、美少女を題材にしたコミックや同人誌、写真集などが大量に刊行された。一方、クラリスの人気もさらに盛り上がり、「アニメグランプリ」の「歴代ベストワンキャラクター部門」では83年、84年と続けて女性キャラクター1位を獲得している。

84年の『風の谷のナウシカ』公開にあわせてオンエアされたラジオ番組『オールナイトニッポンスペシャル 風の谷のナウシカ』では、宮崎監督に「宮崎さんはロリコンなんじゃないでしょうか?」というリスナーからのストレートすぎる質問が直接ぶつけられたが、宮崎監督は即座に「僕はロリコンじゃありません」と否定、観客の爆笑を誘っていた。

クラリスからナウシカへ


最後に、2人のヒロイン・クラリスとナウシカをめぐるyasuaki氏による論考「カリオストロの城の真実〜なぜ、ルパンはクラリスと再会できなかったのか?〜」を少々アレンジしつつ紹介させていただきたい。37年前の映画なのでネタバレを気にすることもないはずだが、一応書いておくと、ここから先はネタバレです。

私も連れてって。ドロボーはまだできないけど、きっと覚えます。私、私……。お願い、一緒に行きたい!」

『カリオストロの城』の感動のラストシーンより。ルパンの胸に飛び込むクラリス。しかし、ルパンはクラリスを抱きしめることができない。

「あ、そうだ。困ったことがあったらね、いつでも言いな! おじさんが地球の裏側から、すーぐ飛んできてやるからな!」

と、冗談めかすことしかできないルパンは、くちづけを求めるクラリスのおでこにキスをして慌ただしく立ち去ってしまう。去っていくルパンを見送ることしかできないクラリス。この後、銭形警部の超有名なセリフ「ヤツはとんでもないものを盗んでいきました。あなたの心です」に続く。

宮崎監督はルパンの心情について、劇場パンフレットに掲載された「宮崎監督からルパン・ファンへの熱いラブレター」に、こう綴っている。

「この映画で、ルパンはひとりの少女のために全力で闘います。けれども、ひとりの少女の重ささえ背負いきれないダメな自分を知っています。心だけ盗って、そのくせ未練は山ほどかかえこんで、しかしそれを皮肉なひょうきんにかくして去っていく。去っていかざるを得ない男――それがルパン三世です」

汚れてしまった中年男は、美しい少女を背負うことなどできやしない。それが宮崎監督の答えだった。薄汚い男は、少女が放つ光によってただ一瞬、再び輝く。ちょうどチャップリンの映画と同じ構造である。

しかし、宮崎監督にも葛藤はあった。このままルパンとクラリスを別れさせてしまっていいものか――と。アニメーション研究家・岡田英美子(おかだえみこ)との対談では次のように語っている。

「たとえば、お姫さまの地位なんか放り出してしまえ、じゃ放り出す、というような会話もいるかなと思ったんですけど」(『あれから4年…クラリス回想』)

宮崎監督と共同脚本を手がけ、『カリオストロの城』のノベライズを手がけている山崎晴哉の言葉はもっとストレートだ。

「あの場合、仕方がないんだけれど、あそこで“さよなら”って言って別れますよね。あそこで、何でとどまっているんだろうね、クラリスは」(『LUPIN THE THIRD VOL.2』)

ルパンはクラリスを連れ出すことはなく、クラリスも国を飛び出すことはできなかった。ルパンとクラリスは再び出会うことなく、2人の物語は終わりを告げる。

その後、宮崎監督は再び『ルパン三世』に携わり、145話「死の翼アルバトロス」と155話(最終回)と「さらば愛しきルパンよ」を手がけることになる。「さらば〜」では島本須美が演じるヒロイン・小山田真希が登場。ロボット兵に自ら乗り込んで空を飛んでみせた。

81年頃、当時関わっていた『リトル・ニモ』のキャラクター名を探していた宮崎は、たまたま手にしていた本の一部分に魅了される。そこには次のような物語が記されていた。

海辺に漂着した血まみれの旅人を、ただ一人恐れなかった美しい王女は、彼を救け、自ら手当をする。宮崎監督が夢中になるのも無理はない。まるで『カリオストロの城』と同じような話だったからだ。傷つき倒れた旅人ルパンを助けたのは幼い頃の王女クラリスであり、塔の上では再び傷ついた旅人を王女が助けている。

物語に登場する漂着した血まみれの旅人とは、大ぼら吹きでさまざまな術策を操るギリシアの英雄・オデュッセウス。そして竪琴と歌を愛し、世俗的な幸福よりも自然とたわむれることを喜ぶ少女の名は――ナウシカといった。

宮崎監督が手にしたバーナード・エヴスリン『ギリシア神話小辞典』によると、この後、2人はお互いに惹かれ合うが、オデュッセウスは未練を残したまま国を去っていく。ここまでは『カリオストロの城』と一緒だ。しかし、オデュッセウスを見送ったナウシカは――自自らも国を捨て、最初の女吟遊詩人となって宮廷から宮廷を旅して歩いた。旅先で愛した男、オデュッセウスの歌を歌い続けたという。

男に頼らず、何物もおそれない自立したアクティブなヒロイン、ナウシカはこうして生まれたのである。そこには、国を捨てて自分の幸福を追求することができなかったヒロイン・クラリスに対する宮崎監督の忸怩たる想いが込められていたのかもしれない。
(大山くまお)