一般者を対象とするワークショップも

 最先端のサッカーにおいてデータ分析はなくてはならないものだ。感覚や印象ではなく客観的事実の積み上げで見えてくるものは多々ある。それにおいて世界でも頭一つ抜け出ているのはドイツ代表だろう。結果を出し続けるために、データ分析はどこまで進んでいるのか。短期集中連載で最前線に迫る。(取材・文:本田千尋【デュッセルドルフ】)

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 最後に、Prozone(プロゾーン)が力を入れていることを紹介したい。“エデュケーション”というシステムである。

 プロの分析集団として、プロゾーンは代表チームやクラブを顧客とするコンサルティング業を行っている。ドイツ代表の中にスタッフが自然と入り込んでいるように、彼らの活動は人目にはわかりづらい。デュッセルドルフの事務所はライン川沿いの集合住宅の中にある。ここにドイツ代表やバイエルンと提携する分析会社が存在すると、通りすがりの誰が気付くだろうか。

 しかしプロゾーンは、秘密結社のように閉じこもっているわけではない。大学機関と提携して、一般者を対象とするワークショップも行っているのだ。

 例えば、リバプールにあるジョンムーア大学では、プロゾーンとして以下3つのコースを提供している。

 【1】MATCH & PERFORMANCE ANALYSIS
 【2】ATHLETE MONITORING
 【3】ADVANCED ANALYTICS

【1】についてはコースが細分化されており、導入、レベル1、2、3、レベル1〜3をまとめたコース、の5つがある。

 レベル1では、プロゾーンのソフトウェア「MATCHVIEWER(マッチビューアー)」を用いて、受講者にパフォーマンス分析を運用する技術とアイデアのイントロダクションを行う。プロフェッショナルな分析の世界の入門編である。

 “エデュケーション”と言っても、プロゾーンが受講者をプロの分析官に仕立て上げるために修練を課す、ということではない。そういった意味合いもあるにはあるが、ワークショップは、プロゾーンが分析の世界を通して培ってきた知を一般者に拓く場、と言えるだろう。

 ジョンムーア大学の各コースは、費用を支払えば、誰でも受講することができる。アマとプロを含む選手や指導者としての経験を問わない。参加者は、単に分析に興味がある人から現に欧州各地のプロクラブで働いている人まで、幅広い。1つのコースの修了の目安は2日だ。修了者には証明書が発行される。

ポゼッションの「%」。踏み込んでオープンにできるか

 アジア部門の浜野裕樹氏は「結局、最後は人なんです」と強調する。

「分析の分野に手を出してみたい、勉強してみたい、という方々を対象とするグラスルーツもプロゾーンは行っています」

 データは人間が使って初めて活きてくることは既に触れた。“エデュケーション”においてもプロゾーンのコンセプトは変わらない。

 そして浜野氏は、こういったワークショップを日本においても行う計画を練っている。

「(第2回のコラムで取り上げた)プロゾーンの強みである分析の4ステップのメソッドを日本でも展開できたらいいですね。プラス、人材育成です。分析という分野に関して私達、日本人は世界と同じくらいのポテンシャル、もしくは、それ以上のものを持っていると思うんですよ。だからプロゾーンのアジア部門として、日本で“エデュケーション”をやりたいですね」

 さらにプロゾーンには、一般者を対象とするワークショップだけではなく、メディア関係者との意見交換の場を提供する準備もある。今では、パス本数や走行距離といったデータを単に示すだけでは、選手側に響かない。そして、それは選手側に対してだけではないのかもしれない。

「例えばポゼッションの%だったら、自陣のポゼッションと、敵陣でのポゼッション、さらに相手が4-4でブロックしたときに、どれだけその間にパスを入れられたか、そこまで踏み込んだデータを公開できるようになったら、おそらく一般の観戦者もそこを見ると思うんですよ。メディア関係で造詣のある方は、自分の目、プラス、そのデータを見て、記事を書く上でこれまでとはちょっと違った視点が出てくるかもしれないですよね」

「データのおかげで試合に勝ったって断言するのは難しい場面もある」

 また、スプリントを例にとると、自陣に返るスプリント、相手のゴールに向かうスプリント、それを分けるだけでも大分違うのだという。

「そこに距離と時間帯のデータが加われば、例えば、ある試合である選手のスプリントが0本だったという場合に、本当に走れなくてダメなのか、いや、良いことをしているんだけど、スプリントに入る前に足を止めちゃっているのかとか、色々な話が出てくると思います。データを鵜呑みにし過ぎず、細分化できれば、こんなことも知れるんですという意見交換の場をメディアの方々と持てれば、と思います」

 “エデュケーション”というと、上位下達の一方的な関係性のようだが、プロゾーンの場合はそうではない。浜野氏が「意見交換」とも訳すように、双方向のコミュニケーションのことだ。やはり最後は、人対人、になってくる。データは、相互のコミュニケーションを生み出す媒介物でもある。

 そして浜野氏によれば、データは「お守り」のような一面も持っているという。

「例えば、データのおかげで試合に勝ったって断言するのは、難しい場面もあります。データがあったからこそ自信が深まったとか、最後の判断のときにちょっと助かったとか、最後の一押しを助けられる存在になれたらいいなと思います。

 PKの場合、特にそうですよね。PKもキッカーのデータがあったとしても、キーパーの技量次第では止められないですから。あくまで選手ありき、なんです」

 状況が刻一刻と変化し続ける90分間の中で、ふとした瞬間に助けてくれるもの。それがデータということになるだろうか。

 現在では、もはやデータ分析のない世界は考えられない。そうかと言って、データ分析がサッカーを進化させてきた/いるとも言い切れない。

 目の前の数字を、用いるか用いないか。用いるのであれば、どのように用いるのか。

 全ては人間が決める。

 サッカーは、人間対人間のスポーツ=コミュニケーションである。

(取材・文:本田千尋【デュッセルドルフ】)